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9-10. 仲間
愛する人とともに生きたいと言う魔女の願い。
イェルディスとフィニーランド王の最後の抵抗。
全てを話し終えて、ラヴレは皺の寄った眉間を抑えながら、ふ、と息をついた。
「これが、正しい歴史の全貌です。そして……《始まりの魔女》転生の顛末は、私の一族以外には知られていないことです」
カウンシルメンバー達は、ただ呆然としていた。途中までむっつりと無表情で聞いていたアントンも、全てを知っていたわけではなかったようで、酷く驚いた様子だった。
「ヨルンの先祖と《魔女》が……」
リュカがポツリと呟いたのに対し、ユウリは、ラヴレの『歴史を擬えている』と言う言葉を思い出す。
「それじゃあ、私は」
思い出すだけで、心に宿る暖かさ。
がむしゃらに追い求めていた、手に入れようと踠いていたそれは、シーヴとグンナルと過ごした日々だけでなく、それより遥か昔に手にした確かな愛だった。
「私は、ずっと、ヨルンさんを探していたんだ。前世から、ずっと……」
一人であることに頑なだったユウリを楽にしてくれたのは、ヨルンの言葉だった。
酷く落ち込んでも、辛くても、彼の側にいれば落ち着く理由も、自分を選んだ理由も、ストンと腑に落ちる。
——彼の中の、フィニーランドと繋がる血が二人をまた結び付けた
イェルディスの悲願、シーヴの使命。
数百年の時を経て、《始まりの魔女》は再び、愛するものを手に入れることができたのだ。
ユウリとヨルンは、ぎゅっと、お互いの手を握る。
やっと見つけた、お互いを確かめるように。
「……私の願いは……《始まりの魔女》の願いと、同じです」
ユウリが、ラヴレに懇願するような視線を向ける。
たった今語られた事実から、その願いが叶わぬことで、《魔女》の封印と消滅を引き起こしたということはわかっていた。
けれど、ユウリが追い求めていたのは、シーヴがそうであったように、彼女がただのユウリとして生きていけるようにという、ただそれだけのことだった。
険しい表情のまま黙っているラヴレを、ユウリは不安そうに見つめる。
ヨルンが、一際強くその手を握り返していた。
「俺は、ユウリを守ります。何に代えても、守り通して、その願いを叶えます」
きっぱりと言い切ったヨルンに、ラヴレは嘆息する。
「教会の知る歴史では……《始まりの魔女》がフィニーランド様をたぶらかし、世界を牛耳ろうとしたことになっています。教会関係者は、同じことが繰り返されることを非常に恐れて……今はまだ疑惑程度で、勇み足の数人が貴女に手を出しました。けれど、もし、このままユウリさんがヨルン君といることを選び、それが教会に知れたら」
「え?」
ラヴレの言葉の裏に隠された、このまま一緒に居続けることは難しいという意味に気づいて、ユウリの心臓がドクンと脈打った。
いつだったか、リュカに向けて、ユウリ自身が言ったのだ。
幸せな時間を知ってしまったから、例え失くしてしまうとしても、また傷ついてしまうかもしれないとしても、全部捨ててしまうことは出来ない。
「法皇様は……今は沈黙しています。しかし、幹部会は、歴史が繰り返される前に、再度《魔女》の封印をという意見が大多数です」
「じゃ、じゃあ、今学園長が話してくれたことを、幹部会の皆さんに聞いてもらったらいいんじゃないですか」
歴史の認識が違っているから意見が食い違うというなら、それが一番の解決策のように見えた。
しかし、アントンが口を挟む。
「それは、得策ではないな」
どうして、と言いかけたユウリを、ヨルンが制した。
「それは、教会内部に、《魔女》消滅を企てた一派の残党がいる、と言うことですか」
ヨルンの鋭い問いかけに答えないまま、アントンはちらりとユウリに視線を移す。
「《契約の地図》に記された決まりごとは絶対だ。平和と平等の四大王国政権を覆し、クタトリア帝国を復活させるには、それを扱える《魔女》の力がいる」
アントンの言葉は、暗に、教会内にもクタトリア帝国再建を狙う一派がいるのではないかという疑問を、肯定していた。
「教会へ全て話せばその残党にも情報がいく、でも話さなければ、ヨルンを選んだユウリは封印される……八方塞がりだな」
提供されたわずかな情報で、正確に事態を把握したユージンが溜息をつく。
困ったようにラヴレが頷き、俯いてしまったユウリの肩に手を置いた。
「顔を上げてください、ユウリさん。たった一つだけ、歴史と異なることがあるんですよ」
「え……?」
「今、四大王国次期国王達は、皆、貴女の味方ではないですか」
過去には、噂に踊らされた三王国王が、率先して《魔女》討伐を指揮したとされている。
けれど今は。
「勿論、味方だよ」
リュカが、声を上げる。
「俺は、ユウリが一番大事なんだ。他の誰よりも、自分自身よりも。彼女が願うことなら、何でも叶えてあげたい」
「リュカさん……」
リュカの中にあるユウリを愛する心は、本物だった。生きながらにして死んでいた自分を、心の闇から救ってくれた大切な人。
自分自身の罪を正しく理解しているからこそ、優しいユウリが悩み傷つかなくて良いように、自ら『兄』という立場を選んだのだ。だがら、彼女の前に立ちはだかる障害は、何があっても許さない。
「相変わらずの、シスコンだな」
「いいんだよ、それで!」
むくれるリュカを呆れたように見るロッシは、眼鏡を押し上げながら面倒臭そうに溜息をつく。
「新作の味見係がいなくなるのも困る」
驚いたように見つめるユウリに、ロッシは口の端をわずかに上げる不気味な笑みを返して、ヴァネッサを仰け反らせていた。
「確かに、ユウリさんのお茶菓子を食べられなくなるのも嫌ですし、ナディアが泣くし」
「レヴィさんの中の私の価値って、そんなもんですか……」
「リュカ様も泣いちゃうだろうし、ちゃちゃっと解決したいわね」
「ヴァネッサさんって、私より、リュカさんの心配しかしてませんよね」
「あの壊滅的な成績をどうにかしないと、教えてる俺のプライドが許さない」
ユージンの拳が、いつかのように優しくユウリの頭に置かれる。
泣き笑いのユウリを、ヨルンが外套で抱きしめた。
「ユウリ。ずっと隣にいるって、約束した」
大好きな人達に囲まれて、ユウリは、こんな時なのに、幸せでどうにかなってしまいそうだと思う。
「あの子たちには、もう少し頑張ってもらいましょうか」
「ふん……」
皆の様子を優しく見つめるラヴレの隣で、アントンは冷めた表情のまま佇んでいた。
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