10-8. 消滅の儀式ふたたび

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10-8. 消滅の儀式ふたたび

 アトヴァルが、まるで暇つぶしでもするかのように語らう、思い出と呼ぶには禍々しすぎる過去に、ユウリは横たわったまま身震いする。  詠唱が進むにつれ、パリパリと、ユウリを覆うクリスタルが解かれていく。  けれど、どうやっても、力が入らない。  アトヴァルは続ける。 「優秀な裏切り者の『不死』の術でこの身体を手に入れてから、長かった。同志が出来ては消え、出来ては消え……」  平坦ながら、哀愁でも漂うかのような声音を聴きながら、ユウリは意識がぼんやりとしてくるのを感じる。  身体から、魔力が抜け出ていく。ゆらゆらと溢れ出るのを止められない。  その行き先を目で追うと、そこにはアトヴァルが恍惚の表情で立っていて、揺らめきを飲み込んでいた。 (いやだ、いやだ……!) 「ふむ。抵抗するのは構わないが、長引くだけだぞ」  ユウリは、体から流れ出ていく魔力を掴んで必死で戻そうとする。しかし、指の隙間から水が溢れ落ちるように、細くゆるゆると放出する魔力が止められないのだ。  苦痛に歪むユウリの顔を、満足げに眺めるアトヴァルが、ピクリと片眉を上げた。  パリパリと魔法の発動が始まったかと思うと、空間が歪み、伸びて、軽い破裂音とともに、その広間に人が雪崩れ込んでくる。 「ユウリ!」「ユウリさん!」 「ほお……」  聞こえた声に、アトヴァルが面白そうに目を細めた。  複雑に座標を変えたはずなのに、彼らは真っ直ぐにこの《最果ての地》へやって来た。  ——ラヴレか  あの男が目論見に気付いて、『アントン』の痕跡を辿ったのだろう。  倒れるユウリに駆け寄ろうとする四大王国の王子達の前に、アトヴァルは立ちはだかる。  ラヴレが、ぎり、と唇を噛み締めながら、その姿を睨みつけた。 「アントン、貴方、やはり」  同期として、ともに歩んで来た男が、金色を靡かせて笑っている。  ラヴレは、目にするまで半信半疑だった。  教会へ配属され、幹部会へ抜擢され、行動をともにし、なんなら共通の趣味さえあった。 「我が名は、アトヴァル=クタトリアス。クタトリア帝国最後の皇帝にして、新クタトリア帝国最初の皇帝となる者」 「な……」  数百年前に死んだはずの皇帝の存在に、王子達が絶句する。  アントン()()()男を見据えて、ラヴレは拳を握りしめた。  全て仕組まれていたということなのか。  けれど、ラヴレがヴォローニ家の秘密をアントンに全て打ち明けたのは、先日が初めてだった。  驚いた様子のアントンは、ラヴレの使命を知っていたそぶりは感じられなかった。 「イェルディスも詰めが甘かった。研究資料に、走り書きなぞ残すものではない」  ラヴレの疑問に答えるように、アトヴァルは朗らかに言い放った。 「こんな身になってから、時間は掃いて捨てるほどあったからな。調べることは、造作もなかったぞ」  魔法に関しては天才的知識と技術を誇り、転生魔法を成し遂げた男が、フィニーランド王と繋がっていた。ならば、ただ《魔女》を転生させるだけはなかったはずだ。  その繋がりに気づいたアトヴァルは、名前を変え、色を変え、立場も様々に、イェルディスの子孫達——ヴォローニ家の側に居続けた。 「アラン、アクラヴ、アディア、アルシュ……お前には、お前の家には馴染みの深い名前ではないか」  ラヴレは愕然とする。歴代の『色を持つもの』の手記に、近しい者として出てくる名前に一致する。  それが、全て、この男だというのか。  ——なんということだ  最大の敵であるはずの男に、ヴォローニ家自ら情報を渡していたなんて。  あれ程慎重に、隠し、守って来た秘密は、とうの昔に秘密の体を成してなかった。  全てがこの男の手中——その掌で踊らされていた事実を突きつけられて、ラヴレは体液が沸き返るような感覚に襲われる。 「ヨルン君。少し待ってもらえますか」 「学園長……」  ゆらり、と前に歩み出たラヴレに、今にも攻撃を仕掛けようとしていたヨルンが道を譲る。  それほど、ラヴレの表情は憤激と怨恨に塗れていた。  ——私が、気付きさえすれば  気付く機会など、幾らでもあった。  もっと詳しく、過去を調べていれば。  たった一つでも、画像が残っていれば。  やたらとピンポイントで狙ってくる、その理由に疑問を持っていれば。  多くを巻き込み、みすみす《始まりの魔女》まで奪われた。  ラヴレは、自分が許せそうになかった。  それ以上に、心を許した、ほんの少し前であれば親友とでも呼んでいた男を憎んだ。 「私たちから逃げ切れるつもりですか」 「余裕だな」 「剣術は貴方の足元にも及びませんが、魔法に関しては、私の方がずっと上手です」 「……初めは、お前の要望に応えてやろうか」  そういいながら剣を抜いたアトヴァルは、ラヴレが詠唱を始めた途端、大股で間合いに踏み込んだ。 「学園長!」  横薙ぎに振り払われた剣が、リュカの放った防御障壁にバチンとぶつかる。  詠唱を終えたラヴレの掌から無数の光の刃が放たれるのを(かわ)して、アトヴァルが体勢を立て直す。 「お前の生徒達は優秀だな」  踏み込もうとする足首をロッシの蔦が巻き取ったのに、アトヴァルは笑みを零しながらそんなことを言った。  言い終わる前に、ラヴレの光の槍が頰を掠める。  つ、と流れ出る血を指で拭い取りながら、アトヴァルは心底楽しそうに笑っていた。 「生温いな。……殺す気で来ないと、知らんぞ」  ひゅう、と風を切る音がしたかと思うと、目の前にアトヴァルが踏み込んでいる。  すんでのところで飛び退さって、ラヴレは振り下ろされた切っ先を躱す。  それでもアトヴァルは攻撃の手を止めず、剣を逆袈裟に振り上げ、手首を返すと、首筋を狙って一文字に振るう。そこから突きを繰り出し、あらゆる太刀筋でラヴレを攻める。 「く……っ」  ラヴレも負けじと応戦していたが、遂に詠唱が途切れた。 「学園長!」  ヨルンが、アトヴァルの剣戟(けんげき)にも負けない速度で氷刃と障壁を繰り返し、ラヴレから距離を取らせる。  ユージンが立て続けに土壁を繰り出して、アトヴァルの足元を不安定にさせた。 「やるな、小僧ども」  剣で土壁を突き崩したアトヴァルが、笑顔のまま、濛々とした土煙の中から現れる。  ラヴレがつけた頬の傷以外、目立った傷は付いていなかった。 「みなさん、離れて!」  叫ぶと同時に、ラヴレは自分の持てる魔力を最大限使って、その魔法を唱える。 「《グラヴィ》!」  いつか、シーヴとグンナルが使った『失われた魔法』。  圧縮された重量が、空間ごとアトヴァルの半身を消し去る——はずだった。 「がは……ッ」  返された術を食らって、ラヴレが血を吐きながら、吹き飛ばされる。  ロッシが素早く放った蔓がラヴレを受け止め、ヨルンが傍に駆けつけ治癒魔法を唱える。  ユージンは信じられないものを見るようにアトヴァルを見据えた。  『失われた魔法』を弾き返すほどの障壁を発現させたアトヴァルは、()()()()()()()()()。  皇帝は笑う。 「これは、なかなか便利だな」  その力は、《始まりの魔法》と酷似していた。
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