8-6. ラヴレの使命

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8-6. ラヴレの使命

 学園全体を覆うほどの大規模な結界を張ったのが、落ちこぼれと称される《奨学生》とは露ほども知らず、学園に残っていた生徒達は、学園長が戻ったと安堵しながらラヴレの偉大さを褒め称えていた。  その混乱に乗じて、ユウリの紅い瞳は誰に見られることもなく、乗り切ることができた。  残ったカウンシルメンバー達は、上級クラスや教師陣を集めて負傷者の対応に当たると共に、西の森の入り口を完全に封鎖した。ラヴレとアントンが、森に残った魔法陣を解除するためだ。  数時間後、大まかな事後処理を終え、皆は学園長室へと集まっていた。  レヴィが全員にお茶を配り終わると、ラヴレが立ち上がる。 「さて」  話を切り出そうとして部屋の中を見回したラヴレは、皆の視線が、隣に立つアントンに注がれているのに気づいた。 「ああ、そうでした」  完全に忘れていたというような緩慢な声音で言うと、ラヴレは目配せをする。不愉快そうに溜息をついて、アントンは一歩前へ出た。 「教会幹部会幹部、教会騎士団団長アントン = ヴォイル。お前達の長、この男とは同期だ」  思いの外仰々しい肩書きに、部屋の空気が緊張する。  彼が色々な調査を請け負っていたのだ、とラヴレに告げられ、ユウリが慌ててお礼を言う。  それに無表情で頷くだけのアントンを見て、ラヴレは普段の調子で笑った。 「まあ、このように愛想のない方なので、彼のことは置き物とでも思ってください」  すごい物言いをするラヴレをアントンがジロリと睨むも、ラヴレは飄々と続ける。 「聞かれて困ることは、ないでしょうし」  ラヴレは僅かに拳を握った。  今となっては、シーヴ——彼の伯母ですら、正確に把握していたのかわからない、ヴォローニ家の使命の理由。  消滅させられるはずだった《始まりの魔女》を転生させた、祖先の思惑に隠れる真相。  出来ることなら語ることなく事態を終結させたかったが、それが叶わぬことだと思い知った。 「あの魔導具は……教会幹部会で流通を管理している、非常に貴重で稀な魔法を使用した魔導具でした。それが使用されたということは、一連の嫌がらせに、教会が関係しているということです」 「えっ!?」 「そして……クタトリアとは、全く別として考えていただかなければならないかもしれません」  一同が息を呑むのが分かる。  無理もない。悪意のある集団が一つではないという事実は、ユウリに迫る危険がより深まったということだ。何度も危ない目に遭い、挙句死にかけもした彼女や、彼女を慕う者たちの心情を思うと、やり切れない。  けれど、ラヴレは幹部会の様子を思い出す。そうして、もう隠しておけないと再認識する。 「ユウリさん」  強張ったラヴレの声に呼ばれて、ユウリは身構えた。 「貴女には、前世の……《始まりの魔女》としての、一切の記憶がないのですか」 「え……はい。シーヴとグンナルに迎えられた時が初めての記憶で、それ以前は全くです」 「そうですか……」  ラヴレは溜息をつく。  どんなに願っても、止めようとしても、やはり歴史は繰り返してしまうのかもしれない。 「ラヴレ、人払いをしなくていいのか」  カウンシルを睨みつけるアントンが、教会でも幹部会しか知らない本当の歴史の全容をラヴレが話そうとしていると察して、提案した。  ラヴレは、困ったように微笑む。 「それは、ユウリさん……《始まりの魔女》が許してくれないでしょう」  一瞬考えるそぶりを見せたユウリが、こくり、と頷くと、カウンシルもラヴレとアントンを真っ直ぐと見据えた。強い結束が感じられて、ラヴレは安堵する。  《始まりの魔女》が心を寄せたのであれば、彼らとて、知る権利があるのだ。 「ユウリさん。伯母の使命を、聞いていましたか」 「はい。私を見つけ、護り育てること。私が自分の力で生きていけるまで、教会から隠すこと」  《始まりの魔法》を使いこなし、完全に魔力の制御ができるまで、と最期まで力を尽くしたシーヴを思い、ラヴレは目を伏せる。 「私の祖先……イェルディス様が伝えた使命には、続きがあります」 「……え?」  シーヴは、ユウリに全てを伝え切れていなかった。  まさかそこまで早く追っ手の手に掛かると思っていなかったのか、もしくは、ラヴレと同じように、語ることなく平穏に過ごすことが最善だと思ったのか。  ラヴレは続ける。 「それは、《始まりの魔女》の、本当の願いを叶えること」 「本当の、願い……?」  困惑した表情のユウリに、ラヴレはヨルンをちらりと見た。 「それを話すには……貴方方に、本当の歴史をお教えしなければなりません」 「本当の、というと、クタトリア帝国が滅亡させられたことと、教会創始者にクタトリアス家がいたと言うことですよね?」  レヴィが、以前聞いたそれを確認するように尋ねるが、ラヴレは首を振る。 「それは……教会が隠した歴史の、ほんの一部なのです」 「ええ!? それじゃあ……」  ユウリとカウンシルが驚愕の声をあげた。ほんの一部、というには、大きすぎる真実なのではないだろうか。しかし、ラヴレの口ぶりでは、それ以上のことが未だ隠されているらしいとわかる。  緊迫した空気に、白銅色の瞳が揺れる。 「ユウリさん。貴女が教会からも狙われ始めたのには、訳があります」  唐突に話題が変わったように思えて、皆キョトンとする。それでも、ラヴレの口調は変わらない。 「それは、貴女が今……忠実に歴史を(なぞら)えているからです」 「どういうことですか……?」  ユウリとカウンシルメンバーたちに、戸惑いの表情が浮かぶ。  ——ラヴレはそれぞれを見回して、重い口を開いた。
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