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季節は夏至となり、青々とした葉が伸び繁っていた。
徹夜に渡るオペが終わり、ぼーっと遠くの空を眺め早朝の涼しい木陰で休んでいると 、
「おはようございます!」と桜の季節から、自分と“番になりたい”と絡んでくる人間である千尋から声をかけられた。
蜘蛛 事件以来、 恭介は千尋に対する警戒心が若干薄れていた。
「 あぁ、おはよう 」
「隣りに座ってもいいですか?」
「 どうぞ 」
恭介の言葉を聞くと、ニッコニコの笑顔になって千尋は隣りに座った。
恭介は、千尋に駅のホームで倒れていたところを助けたのは自分だとは伝えていない。
伝えれば「ほら!運命の人!」と、千尋が意思を強固にすることは確実だからだ。
千尋はそっと恭介の顔を覗きながら、口を開いた。
「……先生、あの〜やっぱり 安斎先生は、私の運命の人だと思うのですが…」
近頃この話は出ていなかったのだが、(大抵会話の内容は虫の話ばかりだった)久し振りに聞く千尋からの求婚に、恭介は眉間に皺を寄せて瞳を閉じた。
「 佐々木さん、何度も言ってますが、貴方と番になるつもりはないです 」
恭介の言葉は、大きく力強かった。
それには理由がある。
つい先週の日曜であるがお見合い相手と会い、交流が始まっていたのだ。
「はい、何度もそれは聞いていますけれど……
だけど、貴方は私の運命の番なんです!」
千尋の声はいつも小さくか細い声であったが、今日は想いを伝えたいと意志を感じさせる声色であった。
「 では、佐々木さん 聞きますが、何故そう言い切ることができるのですか? 」
「 勘です! 」
真面目な顔をしてサラリと答える千尋に対し、額に手を当て呆れ返る恭介。
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