3.湿

6/8
前へ
/152ページ
次へ
季節は夏至となり、青々とした葉が伸び繁っていた。 徹夜に渡るオペが終わり、ぼーっと遠くの空を眺め早朝の涼しい木陰で休んでいると 、 「おはようございます!」と桜の季節から、自分と“番になりたい”と絡んでくる人間である千尋から声をかけられた。 蜘蛛 事件以来、 恭介は千尋に対する警戒心が若干薄れていた。 「 あぁ、おはよう 」 「隣りに座ってもいいですか?」 「 どうぞ 」 恭介の言葉を聞くと、ニッコニコの笑顔になって千尋は隣りに座った。 恭介は、千尋に駅のホームで倒れていたところを助けたのは自分だとは伝えていない。 伝えれば「ほら!運命の人!」と、千尋が意思を強固にすることは確実だからだ。 千尋はそっと恭介の顔を覗きながら、口を開いた。 「……先生、あの〜やっぱり 安斎先生は、私の運命の人だと思うのですが…」 近頃この話は出ていなかったのだが、(大抵会話の内容は虫の話ばかりだった)久し振りに聞く千尋からの求婚に、恭介は眉間に皺を寄せて瞳を閉じた。 「 佐々木さん、何度も言ってますが、貴方と番になるつもりはないです 」 恭介の言葉は、大きく力強かった。 それには理由がある。 つい先週の日曜であるがお見合い相手と会い、交流が始まっていたのだ。 「はい、何度もそれは聞いていますけれど…… だけど、貴方は私の運命の番なんです!」 千尋の声はいつも小さくか細い声であったが、今日は想いを伝えたいと意志を感じさせる声色であった。 「 では、佐々木さん 聞きますが、何故そう言い切ることができるのですか? 」 「 勘です! 」 真面目な顔をしてサラリと答える千尋に対し、額に手を当て呆れ返る恭介。
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!

320人が本棚に入れています
本棚に追加