1.風

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狐顔の男は、(もり)慎也(しんや)と言う。 彼らは 同大学の医学部時代の同級生であり、現在研修医として、多くの “科” を周り、自分の進むべき専門の道を決定しなければならない。 alpha である2人は、特に問題なく複数の科を周り、そろそろ研修も終わりへと近づいてきていた。 恭介には、己の人生に 重要な場面 など、今まではなかったと思い出していた。 そう、全て 安斎という“(いえ)”が敷いたレールを確実に歩けば良かったからだ。 準備を充分に行い、全ての場面を処理してきた。 偶発的、突発… して起こる重要なものなど彼にはなかった。 「 お前はもう決まっているのか? 」 「ーー当然です。 教えませんがねぇ…」 慎也はそう言いながら、細い目を開き、もう一つある先のホームに向かう。 彼の視線の先には、ホワホワの栗色の髪を肩まで伸ばした人が 歩いていた。 その人の歩き方に力はなく、胸元のシャツを掴み 真っ白な顔色で苦しそうな表情を浮かべ、ベンチに腰をかけた。 慎也の視線の方向が気になった、恭介もその人を見つめた。 「ーーあの人 大丈夫でしょうか?」 慎也は危機感のある表情で見つめそう言った瞬間、2人が乗る電車が到着した。 突風が吹き、彼等の髪を流して行く。 『ピピー!』と電子音がして電車の扉が開いた。 『 2番線から間も無く発車 致します 』 「ーー!!」 「 !! 」 アナウンスが流れるが、2人は電車には乗らなかった。 お互いに (きびす)を返し、急ぎ 走り出す。 何故ならば、ベンチに座っていた人が 電車越しに ベンチから崩れ落ちたのが見えたからであった。
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