第二部 城塞都市エルドラ

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第二部 城塞都市エルドラ

 フラウロウと手を繋いでエルドラの街を歩く。人々の歩く音、話す声が賑やかで、レヴァロンとはまるで違う。さすがはフローレンス王国西部最大の都市だ。大通りには露店が並び、大人から子供まで様々な装束を身につけた人々が行き交っていた。体より大きな荷物を背負って歩く行商人、薄い布の衣装を纏いへそを出して歩く女性、色鮮やかな布を頭に巻いた青年。剥き出しの土が覆う地面は人々の往来で踏み固められており、田畑の柔らかな土や舗装されていないレヴァロンの道とはまるで違う都会らしい印象を僕に与えた。  僕は、レヴァロンではありえないほどの人混みが蹴り上げる砂埃に、ゴホッゴホッと、咳き込んだりもする。 「大丈夫?」  フラウロウが咳き込む僕を少し心配そうに覗き込んだ。 「あ、うん。大丈夫、大丈夫。きっと、慣れない人混みと砂埃にやられただけだから」  僕はたった一人の旅の道連れに笑顔を返した。この大都会で二人っきり。もしお互いを見失えば本当に一人っきりになってしまう。僕は親を失い、きっと故郷も失ったのだ。僕らが旅立ってからレヴァロンがどうなったのかは分からないけれど。フラウロウと旅をする、ここが僕の居場所。僕はフラウロウの右手を左手で握り、フラウロウも僕の左手を右手で握り返していた。  ふと、この城塞都市エルドラで「僕たちはどんな二人組に見えるのだろう?」かと考える。都会の街を手を繋いで歩く年端もいかない男女二人組。微笑ましい少年少女の恋人同士にでも見えるのだろうか。  フラウロウの白い法衣の上から覗く肌は抜けるような白さで、金色ブロンドの髪はやはり美しく、人の多い大都会でも彼女の姿はそれなりに目を引いた。むしろ、大都会だからこそ、多くの人に見られる可能性があり、多くの人の目が気にもなってくる。  大都会で改めて彼女という存在が特別に感じられ、何物でもない自分との違いがひしひしと感じられた。そんな僕の物憂げな表情に気付いてか気付かずか、フラウロウが僕の手をギュッと握った。 「ねぇ、カイト。これからどうするの?」 「う〜ん。流石に今日はエルドラに一泊だよね。それに、これからの旅に必要なものも買い揃えた方が良さそうだし……」  若い村長のジットからレヴァロンを出る時に渡された布袋を開く。その中にはまだ沢山の銀貨と、先程加わったばかりの使い古された銅貨が入っていた。  エルドラに着いたのはちょうど太陽が南の空に達した頃だった。僕らは早速、昼ご飯を食べることにした。昔、エルドラに連れて来て貰った時に、お店でご飯を食べたことがあった。以前ご飯を食べたお店そのものは見つけられなかったけれど、僕らは、そういう雰囲気の庶民的な食堂を見つけて昼食にありついた。  都会のお店で食べるご飯は、レヴァロンで食べていたご飯に比べてずっと彩りが華やかで、少し味は濃かった。でも、美味しくて、フラウロウと二人、勢い良く沢山注文してしまった。少年少女二人組があまりにガツガツと食べる様子に、 「二人共お金は大丈夫なのかい?」  とお店の人が心配そうに尋ねてきたので、よく分からないままに銀貨の入った袋を開いて見せると、お店の人は目を丸くしていた。 「これなら大丈夫だけど。何かい? 二人は貴族のお子様のお忍びか何かかい?」  僕は首をブンブン振ってもちろん否定したけれど、その意味は会計の時になって分かった。ジットが渡してくれていた銀貨の価値は、僕が思っていたよりも、ずっと大きかったのだ。会計の時に渡す銀貨は一枚で十分で、渡した銀貨より枚数の多い銅貨がお釣りとして返ってきた。ずしりと重さを増した布袋を手に持ちながら「これなら一ヶ月くらいは生きていけるのかもしれない」と、少し不安が和らぐのを感じた。ジットには本当に感謝しないといけない。 「まずは宿を探そうか?」 「そうね。今日は体を休めて、買い物は明日にしても良いかもしれないわ」  同感だ。三日三晩、馬を走らせて、体中が軋んでいる。空中要塞がレヴァロンの西に現れて、レヴァロンから逃げ出した時から、ずっと軽い興奮状態にあった。だから体も持ってきたのだけれど、いつ悲鳴を上げて壊れてもおかしくないと思う。もちろん、今も緊張しているけれど、少なくとも、今は空中要塞が西の空に見えていないだけましだ。  僕は大通りを振り返り、歩いてきた道を眺める。ちょうど街の真ん中を走る大通りから街の外に向かって左側には、城塞都市エルドラの誇る背が高く堅牢な城壁が並びそびえていた。フローレンス王国の威信を示すかのように。  しかし、城壁の右側は無残にも部分的に崩れており、更に右の遠方に目を遣れば、完全に破壊されていた。その辺り一帯に関してはエルドラが城壁の無い剥き出しの街になっている。四日前、帝国の空中要塞が放った波動砲は城塞都市エルドラの城壁を破壊していたのだ。  きっと、あの日の一撃は城塞都市エルドラを遠方から狙ったものだったのだろう。打った瞬間、初め方向が定まらず近い位置の地面に波動砲の光が撒き散らされたりもしたが、明らかに狙う方向はレヴァロンの村よりもずっと遠方、東を向いていた。  馬を駆って三日三晩かかる距離の街に狙いを定めて砲撃していたのだ。城塞都市エルドラにたどり着き、その被害状況を見ても、僕は俄かに信じられなかった。それでも、波動砲発射の当事者の一人であるフラウロウに尋ねると、「その通りよ」と認めていたので、間違いないのだろう。波動砲の恐ろしさに僕の背筋は凍った。  食堂で昼ご飯を食べている間、周囲の客の話が耳に入ってきた。やっぱり、その半分くらいは、突然崩壊した城壁についての話だったり、帝国の侵略についての話だったりした。その話の多くは信憑性が疑われるような噂話や、これからの先行きを予想するような話だったが、途中で「レヴァロン」という言葉が耳に飛び込んできて僕は耳をそばだてた。そのレヴァロンに関する話は正確だった。  レヴァロンの西の空に浮かぶ要塞が現れて、レヴァロンが壊滅的な被害を受けたという話だ。そして、エルドラの城壁が大規模に破壊され、家々が倒壊した原因は、天災でも超常現象でもなく、帝国の新兵器による攻撃であることが明らかになった、という話だった。  僕自身は空中要塞が東の空へ咆哮するのを見ていたので、様々な被害を見ていても、それら被害の原因は明らかだった。しかし、エルドラの人々にとっては違ったのだ。四日前、突然光が現れたかと思うと、鉄壁の守りだと信じられていた壁が大規模に崩壊し、街の一部が破壊されて多くの死傷者を出した。  ――あの光は何だったのか?  ――あの光がまた来るのか?  ――自分の家は果たして無事でいられるのか?  レヴァロンから光の正体に関する情報が届くまでの間は、根拠の無い様々な噂が飛び交い、人々を不安にさせていたのだという。  昨日早くに、光の正体と帝国軍の侵略に関する情報がこの街にもたらされた。城塞都市エルドラを治めるフランクス辺境伯は、報を受けて直ぐに住民たちへの周知と、対帝国の防衛戦に備えるように志願兵の追加募集の呼びかけを行った。  それは間違いなく、レオンとエリシアがこの街に一足早く到着し、無事、その役割を果たしたことを意味していた。さすがレオンだ。僕はエリシア姉さんに早く会いたいと思う。でも一方で、レオンには会った時にどんな顔をすれば良いのか分からなかった。会いたいような会いたくないような複雑な気持ちが胸の中にある。村を出たのに、レオンに会えば、また、村に居た頃の自分に戻ってしまいそうな気がした。  ところで、宿を探して方向も分からぬまま街を彷徨っていた僕らは完全に道に迷ってしまった。「ごめん」と僕、「気にしないで」とフラウロウ。 (街が本当に広い……。これじゃ、どこにどんな店があるのかわからないよ……)  そんな僕らを代表して、フラウロウが道を歩く青年に声をかける。そして、良い宿が無いか尋ねてくれた。どうも僕はそういうことが苦手で、ついつい、人に聞かずに独力で頑張ろうとしてしまうのだ。結局、大通りに面した宿は高級宿で、僕たちが泊まるべき手頃な安宿は少し筋を入った所にあるものらしかった。  男性は最初、フラウロウの服装を見て、ぎょっとした風だったが、すぐに状況を理解すると、丁寧に候補になりそうな宿と道順を教えてくれた。フラウロウの服装は純白の法衣であり、フレシア聖教会のものであることはすぐに分かる。それなのに普通の修道士が身につける服と随分と見た目が違うので、分かる人には彼女が聖教会における特別な人間なのではないかと勘ぐらせてしまうのだ。 「ところで、この街にはどのくらい滞在しよう? 明日には出発したほうが良いのかな?」  大通りから細い路地に入り歩きながら、僕はフラウロウの意見を求める。今はフラウロウが道案内しているので、彼女が前を歩く。 「そうですね。王都へは急いだ方が良いのですが、準備もありますし、長い旅だからこそ、少し、この街で休んだ方がいいかもしれません」 「何日くらいなら大丈夫だろう? 空中要塞がやって来る前には行かないと」  僕がそういうと、フラウロウは一度振り返り、人差指を頬に付けて考える仕草を見せた。 「そうですね……。空中要塞の進行速度から考えて、少なくとも三日は大丈夫だと思いますが」 「三日か……」 「短いですか?」  フラウロウが首を傾げるので、僕は首を左右に振って「十分だよ」と返した。  しかし、その後でフラウロウが少し思案して続ける。 「でも、もしかすると、空中要塞がやってくるより、帝国の陸上部隊が来る方が先かもしれません……」  確かに。レヴァロンを出る前にジットの元に駆けつけていた男が言っていた。「帝国の軍隊がナジェール山脈を越えてきた」と。もし、帝国の陸上部隊が馬を使って駆けてくれば空中要塞よりも早くエルドラに辿り着くことになるだろう。 「でも、普通の陸上部隊相手なら、城塞都市エルドラの軍の方が強いってことはないの?」 「それは、わかりません。私はそこまで帝国の陸上部隊のことも、エルドラの兵力のことも知りませんから……」  そりゃそうだ。僕はいつの間にかフラウロウに頼りがちになっていた自分の頭を自分で小突いた。もっと、僕自身でも情報を集めて、しっかり考えていかないといけない。  と、その時、路地の向こうから、叫ぶような声が聞こえてきた。 「返せよっ! 離せよっ!」  子供の声だろうか。子供にしてははっきりした強い声だが、男の子にしては声変わりをしていないような高めの声だ。何れにせよ、何か事件のようだ。フラウロウが振り返る。僕は彼女と目が合うとコクリと頷いた。  僕はレオンみたいに勇敢な男じゃないけれど、子供が襲われているような状況は放ってはおけないたちなのだ。声のした方向へ駆け出して、細道を抜ける。行き止まりになる奥まった場所で、一人の少年が二人のガラの悪そうな男達に囲まれているのが見えた。  少年は華奢な体つきでつばの狭いハンチング帽を目深に被っている。帽子の後ろからは、耳が隠れるくらいまで伸びた鮮やかな赤い色の髪の毛が覗く。  ――それは、赤毛の美しい少年だった。
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