第四部 王都ラクシュタイン

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第四部 王都ラクシュタイン

 王都ラクシュタインの片隅にある宿屋で、僕とフラウロウ、そしてミューリィの三人は食卓を囲んでいた。少し遅めの朝食の時間だ。 「今日はどうしようか?」  目の前ではフラウロウとミューリィがパンとシチューを黙々と頬張っている。僕がフォークとナイフを皿の上に置いて尋ねると、赤毛のミューリィは口の中をモグモグとさせたまま、黄金ブロンドの髪のフラウロウと顔を見合わせた。そして、お互いに困ったように少し首を傾げる。  ――レコンキスタ魔力網マナグリッド基地局が陥落した。  その知らせが王都に飛び込んできたのは、僕らが王都ラクシュタインに辿り着く少し前だったらしい。  二日前に王都には何とか到着することが出来た。帝国の侵攻、そしてレコンキスタ陥落の報がすでに王都に届いており、城門は堅く閉ざされていた。しかし、ゲオルグ・エルドット男爵から貰った通行証を見せると、なんとか王都内に入ることが出来た。もっとも、実際には男爵がくれた通行証に負けず、リディア・ルクシフォード伯爵令嬢に連れられていたことが効果的だったようだが。リディアが「私の仲間である」と宣言すると、衛兵はそれまでの疑ったような表情を一変させ、通行証は「念のために確認させていただきます!」というていだった。リディアは本当に王都では有名人なのだろう。  王都までは辿り着けたものの、王女への謁見に関しては「エレナ王女に会わせてあげる」と言ってくれたリディアに全てがお任せ状態だったので、自分たちでやるべきことがよく分からなくなっていた。本当に、もし、迷いの森でリディアに出会っていなかったら、僕はどうやってエレナ王女に会うつもりだったのだろうか。世間知らずが偶然に助けられた格好だ。  宿屋の中から窓の外に目をやる。季節は秋から冬へと移り変わりつつあった。冷たい空気中で人々の吐く息も白い。それでも、王都は慌ただしい空気に満ち溢れていた。皆、落ち着き無く行き交っている。噂話に、的外れな予想、荒れる穀物の相場。  ――レコンキスタが落ちて、空中要塞と帝国軍が王都に攻め上がって来る。  それは 恵まれた王都ラクシュタインの人々にとってはあまりに信じがたい情報だった。神の塔ソラリスの豊かな恩恵を受け続けて、王国の中心でのうのうと生きる平和な日々に、人々は慣れ切っていたのだ。だから、レコンキスタ陥落の報も、現実感無く、どこか他人事のように受け止められていた。  周辺の地方都市が戦場になることはあっても、フローレンス王国の建国以来、王都ラクシュタイン自体が戦火につつまれたことは無かったのだ。  レコンキスタ魔力網マナグリッド基地局は、王都ラクシュタインの北西に位置し、魔力網マナグリッドをフローレンス王国全体に広げるための国家戦略上、経済上の重要拠点である。迷いの森より西、そして王都ラクシュタインよの北に聳えるルガール山地の山々よりも北に位置する地方都市に神の塔ソラリスのからの魔力マナを届ける中継地点の役割を果たしている。レコンキスタ魔力網マナグリッド基地局があるから、地方都市の住民たちもフローレンス王国民として神の塔ソラリスの恩恵にあずかれるし、日常的に魔法を用いることが出来るのである。 (レコンキスタ魔力網マナグリッド基地局が無いフローレンス王国なんて……)  先々代の王であり、勇者と呼ばれたテオリア・ディノスの代に、フローレンス王国の現在の全領土が武力統一された。その時に、王都の豊かな暮らしを地方まで格差無く広げようと建設されたのが、レコンキスタ魔力網マナグリッド基地局である。この建設に貢献したのが先王メディア・レッツェンファードだ。この功績もあり、世継ぎの居なかったテオリア・ディノス亡き後、先王メディア・レッツェンファードが王位を継承することになったと言われている。そして、その息子である現王ウィリス・レッツェンファードが統治する現在に至っているのだ。  その国家戦略上の重要性から、レコンキスタ魔力網マナグリッド基地局とその周辺は特別市街地として認定され、王家の直轄領として統治されている。また、王家の正規軍が配備されて万全の防衛体制を敷いていた。  それが帝国軍に落とされたのである。  フローレンス王国の地方国民にとって、レコンキスタ陥落の意味はとてつもなく大きなものだった。迷いの森より西、ルガール山地より北の地方都市や村々の全てが停魔力ブラックアウトしたのだ。現在、国土の優に四分の三にあたる地域に神の塔ソラリスの恩恵は届いていない。  僕はレヴァロンで一日だけ経験した停魔力ブラックアウトを思い出す。ただ、個人の魔法が使えないというだけではないのだ。王国の地方都市、神の塔ソラリスの恩恵を突然失った村々がどんなことになっているのか。そして、当分の間、神の恩恵に見放されることになる村々がどうなっているのか、僕は想像さえしたくなかった。  怪我人の治療はできず、多くの工場も停止しているだろう。明かりは無く、人々は心細さの中で帝国の侵略に怯えているのかもしれない。魔力マナ不足で収穫が滞り、穀物の保存作業に支障を来せば、これからの冬、飢えの恐れさえある。  そんなことを考えていると、宿屋の入り口の扉が開き、木の扉に取り付けられた鈴が音を鳴らした。  ――カランコロン  僕は音に気付いて視線を動かす。フラウロウもつられたように、食べさしのパンを木の皿に戻して顔を上げる。  木の扉の向こうから日差しが差し込み、入ってきた細身の人物の背中を照らした。その人物は茶褐色の外套に身を包んでおり、外套に一体化したフードを目深に被っていた。  カウンターに居た宿屋の女将さんが「いらっしゃい」と声を掛けると、その人物はそっと右手を上げて応じる。すぐに女将さんは、その人物が誰か気付いたようで「あぁ、どうぞどうぞ」とにこやかに右手を差し出して、中に入るように促した。その右手は僕たちのテーブルを指す。四つ座席のある、僕たちのテーブルに相席しろということだろう。  その茶褐色の外套を着た人物は、そう促す女将に「ありがとう」と澄んだ声で答えると、フードに両手を掛けて、すっとそれを頭の後ろへと外した。  フードの中から輝く黄金ブロンドの長い髪がファサッと広がり、流れ出る。その女性は僕たちの方を向くと、その顔に品の良い笑顔を湛えながら、僕たちに声を掛けた。 「おはよう。お元気かしら?」  それは、王都に辿り着いた時に別れた、姫騎士リディア・ルクシフォードだった。
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