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プロローグ
憧れというものを抱いたことはあるだろうか──。
誰にだって尊敬している人物というのは存在する。
私も同じ。
小刻みな振動ととなり、地面を通って足から伝わってくる観客の話し声や歓声。
あの時、あの場所にいなかったら今の私はここにいないだろう。
四方八方ありとあらゆる方向から、包み込むように声が、物音が耳に飛んでくる。そんな中観客に紛れてある場所を、とある人物を見上げていたあの日がなかったら今頃どうなっていたのか……。
「緊張する………」
手の震え、呼吸、心臓の鼓動は加速を辞めない。
初めての単独ライブだから──、
見上げることしかできなかった場所に立てたから──。
そのような理由ならば誰だって緊張する。
でも、そんな理由なんて私にはどうでもいいこと。
マイクを通して響かせる声、そして指で奏でる音を今度は私が届けなければならないからだ。
憧れの……あの人に──。
武道館での単独ライブ。
自分にしかない唯一無二の声という音や指を始めとした体全身で奏でた音を心へ伝えることができる、『音楽』という世界はとても繊細だ。
そんなことは昔からわかっていた。自分はあの場所に立てるような存在じゃないと勝手に心の中で思ってしまっていた。
でも、今は違う──。
思い描いた夢は「夢だ」と言って目を反らしてしまうから夢になってしまう。
『そろそろ時間です』
「…………っ」
地面から伝わっていていた振動はほとんど消えていた。
私は振り返ってこれから一緒に舞台に立つ仲間たちの顔を見回した。
「…………行こう」
一言で十分。
みんなも私と同じような気持ちのはずだ。
真っ直ぐ前を向いて目の前に広がる眩しい光を見つめると、重い片足をゆっくりと地面から離した。
追いかければ追いかけるほど、夢は【結果】となって近づいてくる。
なぜそう言い切れるのかと問われても、その答えは単純だ。
『私が夢を現実にしたから』ただそれだけ。
大勢の観客に紛れて見上げることしかできなかった私が、聞いている人と憧れの人にこれから届けることができるのだから。
私に起こった出来事、そして仲間と共に歩んできた時間の軌跡を…………。
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