思考

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「まあ、いろいろ考えたんだけどね?」  七瀬が話し始めて、あたしは傘を閉じ、くるくるとそれを巻きながら「うん」と続きを促した。 「美玖、いつも傘持ってないとき、びしょ濡れになりながら駅まで走ってたりするでしょ。だから、鞄に入れて持ち運べる傘がいいかなって」  確かにあたしは、多少の雨なら濡れつつも突っ走ってごまかしてしまう人間だ。そういえばそんな話を七瀬にしたこともあったし、何度か七瀬との待ち合わせにずぶ濡れで登場したこともあったっけか。あたしはそんな話をしたことをちっとも覚えてなかったのに、よく覚えていたものだ。 「それにね」と七瀬は続ける。 「うん」 「自分で買った傘だとすぐに失くしちゃったり壊しちゃったりするかもだけど、きっと美玖は、他人からもらったものなら、大事に使ってくれるよね」 「つまりは、これならこいつでも鞄にいつもこの傘を入れてくれるだろう、と」 「そういうことです」  にひひ、と七瀬は白い歯を見せて笑う。だからそういう顔をして笑うなってば。ヤバイ、いけない何かが目覚めそう。  カバーの中にもう一度おさめた傘を指でさすさすとやりながら、あたしはおそるおそる訊いた。 「……高かったんじゃない、これ。可愛い傘だし、このブランド、聞いたことあるやつだよ」 「プレゼントに値段は関係ないよ。美玖が喜んで大切に使ってくれるなら、わたしはそれだけで嬉しい。……だからね」  刹那、七瀬は笑みを引っ込めて、ぱっちりした瞳をこちらに真っ直ぐ、向けてくる。あたしは七瀬と同じ女だというのに、いつも七瀬のこの眼差しには、何もかもが吸い込まれそうな気持ちになってしまう。
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