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数日も経てば、この瞬間のことを彼女は思い出さなくなる。
その一方で俺は、彼女のことを思い出すだろう。
懐かしき初恋に火がついただけで、所詮は過去の想いを錯覚している一時的な感情なのかもしれない。
安易に踏み出せないのは、迷いがある証拠だ。
「新居……?」
柔らかい声が、俺の名前を呼ぶ。
その横顔を、ずっと見つめていたくなる。
このまま、時間が止まればいいとさえ思ってしまう。
背中を押すのは過去の想いだとしても、前に進んでみようかと歩き出したのは今の自分だ。
こんなに近くにいるのに、手を伸ばせば触れられる位置にいるのに、何もせず変えられないまま終わりたくない。
「お前、あの約束覚えている?」
「約束?」
「ほら、卒業式で……。」
それは、遠い卒業式の日の記憶。
隣に座っていた彼女が不意に口にした言葉だけは、鮮明に脳裏に刻み込まれている。
すると、彼女も思い出したのが、両手をパチンと叩いて清々しい表情を浮かべる。
「卒業式……あっ、お祝いのこと? 思い出した! そうだね、お祝いしてあげるよ。」
ん、お祝い……?
俺は会津に、お祝いされるようなことを何かしただろうか……?
記憶が断片的なのは、俺も同じなのかもしれない。
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