愛する妹の異世界転移 1

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愛する妹の異世界転移 1

 電話が鳴った。  男は静かに受話器を取った。 「もしもしこちら異世界転移転生......」 「お前ら裁判所に訴えるからな!機械が壊れてて、お前らのせいで......妹が転移しちまったんだよぉっ!!ふ、ふざけんな!」 「落ち着いて下さい」  薄暗い部屋の中で、受話器を持って話しているのは一ノ瀬 奏。ふらふらと体を前後左右に揺らしている。 「妹が転移したんだ!これで落ち着いていられるワケねぇだろ!」 「とりあえず、しっかりとお話をお伺いしたいので、実際にお会いしてもよろしいですか?」  興奮している状態では拉致があかない。なんとか、とある喫茶店で話をする約束を取り付けた。  ふらふらと後ろを振り返る。  部屋に備え付けられた長机には、沢山の書類が山積みに散乱している。  どこかに顧客名簿があるはず。ガサガサと手を突っ込んでみると、自分がよく知る感触があった。勢い良く引っ張り出す。  すると、バランスを失った書類の山が音を立てて崩れた。 「まったく、これで何度目ですか?そっと引き出さないと崩れますよって何度も言ってるじゃないですか」  呆れ顔をする女性社員は、近頃雇った新人の姫宮 葵。能力は高いから俺は評価している。 「いや、論点が違うから」  とため息を吐いたのは、俺と同じ創業メンバーの佐久間 涼介だ。  クレーマー?と聞いてきた姫宮と涼介に事の次第を話して顧客名簿を開く。 「確か、尾崎って言ってたな」  尾崎、おざき......と。 「あったぞ。家族サービスで登録してあるな」  家族構成は親二人と、大学一年の兄、高校一年の妹か。 「ウチには半年前から登録してあるな。定期機械チェックも一週間前に行ってる」 「なら、機械の故障である可能性は低いですね」 「会ってみなきゃ分からないこともあるが、その機械のログ、調べられるよな」  と涼介は俺に目を向ける。  頷いてみせた俺は魔法を発動させる。  「反応解析」  名簿で確認した問題の機械がもつ固有コードをイメージすると、情報が頭の中に流れ込んできた。時刻は約一時間前。丁度電話がかかってきた頃だ。  すっと意識を集中させる。  確かに転移魔法陣が使われた痕跡がある。周囲には人型の微量な魔法反応が2つ。似たような魔力反応かつ、片方は少し離れていることから、兄だと推測される。  にしても......妹と見られる反応が召喚に抗ったような痕跡がない。分かりやすく例えると、絞殺や扼殺された際に出来る吉川線が全くない。むしろーー推測の域を出ないがーー召喚を受け入れているような気もする。結局機械の通報ボタンは押されないまま、妹と見られる反応は消えた。  解析を終えた湊は、意識を現実に切り替える。  機械の故障でないことは分かったが、妹に魔力の吉川線がなかった理由が分からない。  抵抗しようとできなかったか、もしくは抵抗しようとしなかったか。  この謎を解くためには、もっと妹に関しての情報が必要だ。 「で、俺らにその調査をやれと」  話を聞き終えた涼介が、姫宮を横目で見て心底嫌そうな顔をする。首を縦に振った俺を、その網膜でとらえた涼介が肩を落としたのを俺の網膜がとらえた。 「上司の日本語に全くセンスを感じられないのですが。」 「ラノベのタイトルか」  また無意識に俺の思考を読み取った姫宮がふざけたことを抜かした。 「事実ですから」 「よし決めたぞー、姫宮は一ヶ月の減給処分」 「大っ変申し訳ありませんでしたぁっ」 「はいストップ。とりあえず、なんで俺達二人なんだ?」  会話を無理矢理中断させた涼介が言った。 「他の奴らは?」 「生憎と全員手が空いてなくてな。偶然にもスケジュールが空いたお前と、いつでも暇な姫宮しか適任がいない」 「むっかぁあ」 「仕方がないか。場所は?」 「xx県xxーxx。なるべく早く頼む」  了解、準備してくるーーと涼介は部屋を出ていった。  姫宮は俺をきっと睨んで、かかった経費は会社に請求しますから! と叫んで扉を閉めた。  途轍もなく嫌な予感がする。  ほどなくして二人は自転車で出立した。自転車で。この社の人間は、その殆どが車を運転できない。ある理由により車に乗る必要がないのはその一因である。  さて、喫茶店に向かうとするか。  相棒はいつものように太陽の光を浴びて美しい金属光沢を放っている。 「いくぞ、ファントムデビル号」  我ながら素晴らしいネーミングセンスだ。黒光りする洗練された車体。サドルに腰掛けてハンドルを握り、ペダルを漕ぎだす。じゃかじゃかと爽快な音を鳴らしながら、我がファントムデビル号は進む。飛ぶように過ぎ去っていく家々、人々、車々。  一台のチェーン式の無骨な自転車が猛然と車を追い越していった。
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