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愛する妹の異世界転移 2
何も考えずにただあくまで機械的にペダルを踏んでいると、目指す店がその屋根を家々の隙間から覗かせる。
店の側でファントムデビル号から降りてロックをかけ、小洒落た外装の喫茶店にほどよく調和しているアンティークな扉を押し開ける。カランカランと澄んだ鐘の音が、静かで落ち着いた店内に響いてすっと消えた。
彼はまだ来ていないようだ。コーヒーを頼んでゆったりとしていると男が店内に入ってきた。記憶に残っている魔力の反応を感じて、俺は片手を少し上げた。
頬が痩せこけている。目元は腫れあがり、年齢の割には老けて見えた。妹を失くしたショックがあまりにも大きかったのだろうか。
「先日は申し訳ありませんでした」
「......」
沈黙が痛い。無理矢理に話を進めさせる。
「私どもの方で、機械のログを調べさせていただきました。こちらをご覧ください」
社でプリントアウトしたログには、魔法陣発生時刻と魔力反応の形跡、通報ボタンが押されたか否か、が記載されている。にわかには信じ難いだろうが、これが真実なのだ。後はあいつらを信じるのみ。
案の定、男はそれを床に叩きつけた。
「たかが民間人だと思ってナメ腐ってんじゃねェよ!! どうせ都合よく改竄したんだろぅが!」
俺がいくら話しても無駄だった。まるで聞く耳を持たない。その時、タイミングよく姫宮と涼介が店に入ってきた。
「初めまして」
2人は簡潔に自己紹介すると早速本題に切り込んでいった。涼介が口を開いた。
「すこし、妹さんのことに関して調べさせていただきました」
男の顔が僅かに歪んだ。
「両親は某有名大学の教授をなさっていなさるのですね、それで昔から子どもに期待していた。子ども2人はそれに応えて、見事難関の中高一貫校に入学、兄である貴方は難関大学に合格して、妹さんも同じ大学を目指して頑張っていた、と」
「そうだ、あいつは頑張っていた!弱音も吐かずに勉強していたのに......」
姫宮が後を継いだ。
「実は、妹さんは身にのしかかっていた重過ぎる期待に耐えかねて一度担任の教師に相談していたのです。しかし成績優秀で前途有望な人材である妹さんに掛けられた言葉は、強い気持ちを持てだとか、弱音を見せていたら合格などできないだとかの無責任なものでした。普段から周囲に本心を隠していた彼女が、持てるだけの気力を振り絞って踏み出した一歩は徒疎かにされてしまった、とでも言うべきなのでしょうか、彼女はその精神に深い傷を負った」
「そんなわけはない! いつもあいつは笑顔を見せていた!」
「それが彼女の偽らざる素の表情だったと、本心だったと#ほんとうに__・__#言い切れるのですか?」
「......いや」
姫宮が床に散乱した書類を拾い上げる。
「これはあくまで私の個人的な推測ですが、転移魔法陣が現れた瞬間に、貴方の妹さんは自分の意思で自由に生きられるかもしれない、自分の新たな可能性を見つけられるかもしれない、そんな希望を異世界に見出したのではないでしょうか」
「......たしかに、時折見せる何気ない所作のなかに窮愁を見たことがあった。でもーーーなぜ、俺に言わなかった! どうして......」
男は頭を伏せて慟哭した。
一ノ瀬たちは店を後にした。
「あれで良かったのですか?」
先頭を走る俺に後ろから姫宮が声をかけた。
「ああ。きっと妹は兄を尊敬していた。辛いだろうが、会えない妹が誇れる兄で在り続けるためには落ち込んでばかりじゃあ駄目だ。賢い彼ならそれに気づくだろう」
風の音に掻き消されないように、俺は大声で叫んだ。
「お前ら、ありがとうな」
ゆっくりと太陽が沈もうとしていた。
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