相々師匠

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私は箸を置いて、姿勢を正しました。 「そんな小説を書いておれば、誰が書いても同じような小説になってしまいます。書き手によってその手順や言い回しが違うからこそ小説というモノは面白いのです」 私は静かに頷きます。 「君は君の小説を書く。私は私の小説を書く。だから面白いのですよ」 先生は硬直したままの白井さんに視線をやられました。 「ですよね。白井君…」 その言葉に白井さんは我に返り、大きく頷かれました。 「そ、その通りです」 そう言うと箸を置かれました。 「編集者によっても違うんですよ。ある者は面白い、傑作だと言いますが、ある者はくだらない、駄作だと言います。そうやって世に出なかった作品は埋もれて行くのです」 先生はにんまりと笑われ、お蕎麦に手を伸ばされました。 「私はこの白井君に出会えて運が良かったのですよ。白井君でなければ、私の作品など少し硬い尻拭き紙になっていたかもしれませんからね」 先生はそう仰って声を上げて笑われました。 「先生…食事中ですよ」 私は慌てて先生の袖を引っ張りました。 先生は咳払いをして、頭を下げられました。 「これは失敬した…」 そう言ってまた笑われました。 「さあ、お蕎麦を食べて珈琲を飲みに行きますよ」 先生のその言葉を合図に私たちはお蕎麦を頂きました。  
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