奥さまは雨女

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 今年の四月は良いことが続くようだ。四歳になる一人息子の(つばさ)が、幼稚園の年少組に入園する。しかも、翼が生まれた年から私が商社マンとして、手がけていた仕事。  百億円以上する家電製品の、製造プラントを外国に売るプロジェクトがやっと成功したのだ。数日前にゼットン国が国営工場に、採用してくれることが決定したのだ。  しかし、会社から帰宅すると妻の鈴香(すずか)は、明るい私と対照的に無表情だった。 「お帰りなさい。もう帰ってきたの?」 「ただいま」  機嫌が悪いときに、鈴香が決まって言うセリフだ。  リビングでテレビを見てた、翼が私に気がつき近寄って来る。翼を抱きかかえながら鈴香を横目で見る。テーブルの上には、日本語と英文で書いている白い封筒があった。面倒臭そうに手にとっていた。  東京にあるゼットン国大使館が、四月十日開催の、ゼットン国ドン大統領、来日歓迎レセプションの招待状だ。 「ねえ、パパ、この大統領歓迎レセプション。夫妻で出席って書いてあるけど、それって絶対なの?」 「絶対って……。四月十日はドン大統領が。午前中にうちの会社まで来て、契約書にサインをしてくれるんだよ。夜は鈴香も一緒に。大使館に行くことになるね」  鈴香が嫌がる理由も分かる。ゼットン国のドン大統領は独裁的として有名だ。  つい先日のテレビニュースでも、民主化を求めるデモ隊を、軍隊が警棒で叩いている映像が流れていた。  製造プラントを契約する、うちの会社にまで抗議の電話がある。  妻はくだらないモノを触るような表情をしながら、再び、テーブルの上に招待状を戻した。 「ゼットン国に工場を作っても、国民の皆さんではな、くドン大統領がもうかるだけでしょう」  四年間の苦労を鈴香にまで否定されたのだ。私は怒りが一気に噴出する。 「僕は鈴香と翼のために必死で、この仕事をしてきたんだよ! 四年もかけて、やっとゼットン国から初めて発注が来たんだ! 個人の力で政治をどうこうできないだろう。この、雨女(あめおんな)ー」  腹の虫が収まらない。膨れっ面で、黙り込んだ鈴香を放っておく。おびえる瞳で、私を見つめている翼に笑顔を向ける。 「ごめんね、翼、びっくりさせちゃって。翼、実はねー、ママは雨女なんだよ。大事な時に、例えば、幼稚園の入園式に、ママがいるとゼーッタイ、絶対、大雨が降るんだよぉー」  翼は不思議そうに首を傾けている。その後、私と鈴香は、私には無言で、手短に夕飯をすませた。普段どおり、翼と一緒に湯船に浸かり、テレビを見てから眠りにつく。 ***
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