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 しばらく読み聞かせていると、最終下校30分前の鐘が鳴った。 「あ、いけない。つい読み耽っちゃったね」  苦笑する僕に、香蓮ちゃんは「そうですね」と肯定し、笑みを浮かべた。  香蓮ちゃんの顔が窓から差し込む光によって夕日色だ。  香蓮ちゃんと僕はお互いに見つめ合い、香蓮ちゃんの手が僕の頬に触れた。 「先輩、私……」  何かを決意した風に口を開く香蓮ちゃん。僕はまっすぐ香蓮ちゃんの瞳を見て、そしてーーー。 「正樹! ここにいる!!」  バンッと図書室の扉を開けてズカズカやってきたのは、瑞希だ。  僕は香蓮ちゃんの手を離し、彼女に背を向けた。 「いるよ、どうしたの?」 「どうしたのじゃないわよ! 医者に行けって言ったでしょ? あんたのことだから、後回し後回しとか言って、結局行かないの目に見えてるんだからね」  どうやらお見通しだったらしい。  僕は不満気に唇を尖らせて、視線をツイッとそらした。 「行こうとは思ってたけど、時間がなかったから……」 「はいはい、言い訳は結構。今すぐ行くわよ」  瑞希さんが僕の手を引いて歩き出そうとしたところ、瑞希さんの前に立ちふさがった。 「止めてください」  香蓮ちゃんはキッと、瑞希さんを睨みつけて猫のように威嚇した。  けど、瑞希さんには全く通じていないようで鼻で笑われる。 「何よ、まさか“あなたも”なの?」 「……何のことですか?」 「とぼけなくてもいいわ。この馬鹿に毒されている馬鹿なんでしょ?」 「私はいいですけど、先輩の事、悪く言わないでください!」 「ふぅん、重症ね。けど、あなたの為にも言っておくわ。この馬鹿はさっさと医者に行かないといけないの。行かなくっちゃ、取り返しのつかないことになるのよ?  あなたは全責任を持てる自信がある?」  瑞希さんの言葉に、香蓮ちゃんは「責任……」と呟き俯いてしまった。  そんなに僕の不幸体質は悪質なものなのだろうか。  病院へ行って審査しないといけないくらい重い病のようなもの。  けどーーー。 「瑞希さん!」 「何?」  瑞希さんは振り返り、僕に冷たい視線を送ってきた。  本気で苛立ち、怒っている時の目だ。  僕は一瞬、怯みそうになったけど、生唾を弱音と一緒に飲み込み、グッと胸に当てた拳に力を籠める。 「香蓮ちゃんのことを追い詰めないで」 「追い詰めてないわ、事実を言っただけよ。そもそもの原因はあんたが病院に行かなかったからでしょ? いい加減、私の手を煩わせないで頂戴!」 「―――っ、勝手に僕の周りにいるのは瑞希さんの方だろ! そんなに僕が嫌いなら、もう放っておいてよ!」  僕は瑞希さんの手を振り払い、踵を返して走り出す。  次の瞬間、真横の本棚が前触れもなく倒れてきた。 「――――は?」  こんな事故、今まであっただろうか。  ゆっくりと迫りくる本棚と大量の本たち。  このまま本棚の下敷きになってしまうのだろうか。  僕が目を閉じようとした瞬間、衝撃波のような風圧が背中を押して僕の身体は宙を舞った。 「うわあっ!?!?」  ごろごろと転がる僕の身体は図書室の壁に足を打ち付けるまで止まらなかった。 「いひゃい……」  踵がジンジンと痛み、目の前がグルグル回っている。  そこへ、瑞希さんが腕を伸ばし、僕の襟首を持って宙吊りにした。 「こんっっの、馬鹿!! これだから、病院に行けって言ってんの! 今回はまだ良かったけど、これで香蓮ちゃんだっけ? 彼女を巻き込んだら目も当てられないわよ!  今回は私がいたからいいけど、いい加減に自覚して!!」  肩で息をして捲し立てる瑞希さんを見て、僕の中で罪悪感が芽生える。 (ごめんなさい、瑞希さん。それとーーー)  それと同時に、僕は柔らかな笑みを浮かべて瑞希さんの両手を包み込んだ。 「ありがとう、瑞希さんは僕の恩人だ。酷いことを言ってごめんね」  ぶわっと、顔を赤くする瑞希さんと、その場に卒倒する香蓮ちゃんを見て、僕は「え?」と首を傾げた。 「どうしたの? 瑞希さんに香蓮ちゃん」  瑞希さんはぷるぷると腕を振るわせ、カッと目を開くと利き腕で拳を作り、降り上げる。 「少しは頭を使えーーーっ!! こんの天然ナンパ野郎――――――っっ!!」  瑞希さんの罵声と一緒に、左頬に強い痛みを受けた。 (痛い! ……けど、何でだろう。身体中の力が抜けていく)  まるで、プール後の授業のような気怠さを覚え、僕は意識を飛ばした。
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