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 起きている者が自分だけになった図書室で、瑞希は泣いた。  両腕を抱き、這い上がる恐怖に耐えるために静かに泣いた。 (国際魔法協会何て入りたくない。私はただ、自分のエゴで正樹に魔法医療所に行って欲しいだけ)  幼い頃、瑞希は正樹のことが大好きだった。  結婚したいと思うくらい大好きだった。  正樹にとっても自分は特別で、自分にとっても正樹は特別な存在だと思っていたかった。  関係が崩れたのは小学校高学年になってからだ。  正樹は昔から虚弱で、体育の成績が悪かったのにも関わらず、クラスの人気者で老若男女から好かれていた。  今までは、それは正樹の人柄によるものだと思っていたが、そうではないということを正樹の父親から語られることになった。 『瑞希ちゃんは、正樹の幼馴染だから言うけど、実は正樹は体質魔法持ち何だ』 「体質魔法?」 『そう、実は僕と僕の奥さんも体質魔法持ちでね。僕の体質魔法は魔力遮断魔法と言ってありとあらゆる魔法を打ち消してしまうんだ。だから日常では多少苦労しているんだ』  この世界は化学と魔法が融合した世界。その中で、魔法のみを遮断してしまうということは、魔力で動いている交通機関はもちろん、パソコンや通信機器も科学の力でのみ作られたものでないといけないわけだ。 「辛くない?」 『大変だけど辛くはないよ。パソコンは特注品を使っているし、会社へは電力で動く地下鉄に乗っているからね。それに、何よりも、僕はこの力があったからこそ、奥さんと本当の恋をして結婚することができたんだ、不満はないよ』 「本当の恋?」 『そう、奥さんの体質魔法はフェロモン魔法。相手を誘惑して自分の虜としてしまう魔法。だから、奥さんは老若男女問わずに好かれているけど、本当の恋を知らなかったみたい。  どうやら、フェロモン魔法の保持者は、自身の魔法に掛かっている人を恋愛的視点で好きになることは“絶対にない”みたいなんだ。だから、奥さんにとっては僕が初恋なんだよ』  嬉しそうに、幸せそうに語る正樹のお父さんの言葉が、瑞希の心に重石を沈める。  これ以上、聞きたくない。知りたくない、と分かりつつも瑞希は先を促した。 「な、なんで、私にそれを?」  正樹のお父さんは小さなピンク色のお守りを手渡した。 「これ……」 『僕の体質魔法、魔力遮断魔法の力が込められた魔石を入れたお守りだよ。これを君に持ってて欲しいんだ』 「魔力、遮断」 『それで、君が本当に正樹の側にいたいのか、よく考えて欲しい。体質魔法保持者は希少種だから、常にいろいろな人たちから狙われている。どんな魔法庫があるのか身体を暴きたいもの、体質魔法を良いように操りたいもの、存在そのものを消してしまいたいもの。  そのせいで、体質魔法保持者の命は長くない。精神をやられるか、身体をやられるかのどちらかで、だから希少種は絶滅危機に陥っているか、不幸体質故の短命と思われがちなんだ』  正樹のお父さんは悲し気に眉端を下げている。  瑞希は喉を鳴らした。 『そのお守りがあれば、君は正樹のフェロモン魔法を受けることがなくなる。これから先の人生、正樹に振り回されずに自由に生きて欲しいと願っているよ』  正樹のお父さんが、どうして瑞希に魔力遮断魔法の魔石を渡してくれたのかは最後まで分からなかった。  と、いうのも、正樹のお父さんは国際魔法協会に所属しているため、家に帰るのが遅く、何日も家に帰らない日が続く時が多い。半面、超長期休暇を取るのも可能で、半年間、ずっと家に居続ける日もあったとか。  瑞希は考えた。  正樹のお父さんがくれた魔石のお陰なのかは分からないが、瑞希の中の正樹への想いが不確定なものとなった。正樹のことは好きだ。その気持ちに変わりがないが、それが幼馴染による情なのか、異性に対する恋情なのか分からなくなった。  だからこそ、見極めたい。自分の心を。  そして、正樹のお父さんに会って、自分に魔石を贈った理由が知りたいと思い、国際魔法協会を目指すことにした。 (……なんて、自分勝手なの、私)  そのせいで、正樹本人を振り回してしまっている。  先ほどの本棚も、瑞希の力が暴走したせいなのに、正樹は自分自身の不幸体質のせいだと思い込んでいる。  今までにも何度も似たようなことがあった。そのほとんどが瑞希の有り余る魔力が原因だと言うのに。 (自分の魔力を制御できなくてごめんなさい、巻き込んでしまってごめんなさい)  静かに零れ落ちる涙が、カーペットに染みを作っていきーーー。  瑞希は抱き締められた。 「えーーー?」
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