「エリヤ」のち「紅月祐真」

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「エリヤ」のち「紅月祐真」

バベル領内にある宿場町『ハラン』多くの旅人や冒険者で賑う街の中心地から少し離れ、中心街の喧騒が嘘のように閑散とした通り。その路地裏に全身を風の弾丸で撃ち続けられ煉瓦の壁に上半身を埋めた男と、背中を拳で撃ち抜かれ石畳に俯せでめり込んでいる男。 この平和な街に似つかわしく無い風景を生み出したのが一人の美少女による物だとは、誰の考えにも想像すら出来ないであろう。 石畳にめり込んだ男の背中で屈託の無い笑みを浮かべ佇む美少女。淡い桜色のロングヘアーを靡かせ、潤んだ碧眼は愛らしく、白いスカートからはスレンダーな美脚が伸びている。まさに可憐としか言い表わせない程の美少女。 彼女を視界に入れた男性は悉く心奪われ魅了される事だろう。その靴底が男の後頭部にさえ乗っていなければ… ある一部の過激な趣味を持たれている方は懇願して頭を差し出すかも知れないが、あの蹂躙劇を目の当たりにすれば顔面を蒼白させ命からがら逃げ出す事だろう。 美少女こと自称魔法剣士エステルは、その類い希なる身体能力と卓越した魔法技術で男二人を瞬殺した。しかも『剣』ではなく『拳』でだ。 肝心の剣技は……言わずもがな、棒を持った子供に毛が生えた程度の腕前、無駄に高い魔法技術を使い剣に炎を纏わせるこれまた無駄に高い技術で、オリジナルの技『エステルフレイムブレード』と言う痛々しい秘技まで編み出しているが、恐らくこの先そのイタイ技が敵に届く事は無い。 では何故彼女はそこまで『魔法剣士』にこだわっているのか? そんな事聞けるはずなど無い、壁に埋もれている男はエステルの技を…剣を弾いた事で『ああ』なっているのだから…… 男の行動は下卑た発言を除き戦闘に関しては至極真っ当な行動である。相手の武器を無力化するのは戦術に置いて定石であり、むしろ武器を落とす方が悪い。 エステル曰く 「魔法剣士から剣とっちゃうなんて、酷いですよね?だからわたし…ちょっぴりイラっとしちゃって、てへへ」 『ちょっぴりイラっと』した、程度の騒ぎでは無い。 『竜の逆鱗』に触れたかの様な猛攻と苛烈な蹂躙劇を繰り広げ男二人を瞬殺したのだ、実際には死んでいないが。それが『ちょっぴりイラっと』しただけなのだから最早これ以上詮索するのは愚の骨頂というものである。 実際エステルは、まだ石畳にめり込んだ男の上に平然と立っている。 この状況を鑑みれば目の前の可憐な美少女が『普通』では無い事は誰の目にも明らかだろう。 そしてその魔法剣士エステルに『屈託のない笑顔』で『キモい』と宣言され膝から崩れ落ちる男…エリヤ。 一日に二度も絶世と評すべき美少女に辛辣な完全拒否を受ければ、例えどれだけチートな勇者であったとしても防御力など何の意味もなさずに崩れ去る。それほど美少女の『言葉』とは男性にとって重いのだ。 特に『生理的に無理』は完膚無きまでにエリヤの心を砕く、これを宣言されれば最早抗うすべなど無い。 もう男性にとって勝機は皆無と言ってもいい。 「えっと……いつまでもそうやって、女の子の前で四つん這いになられてると……キモいと言うか、ただの変態にしか見えませんが……そっち系の方ですか?」 エステルに慈悲は無かった。 「え?いや違う、これはその何と言うか、あはは」 とりあえず苦笑いしながら深手を負った心を何とか持ち直して立ち上がり、エステルに向き直った。 「エステル……さん、でいいかな、俺の名前はエリヤだ、よろしく––––」 「別に聞いていませんけど?」 小首をちょこんと、かしげながら笑顔で答えるエステル。 「グフっ」 またしても予想外に強烈なカウンター。 俺は何をしたんだ?普通、異世界といえば無条件に美少女達が集まり、何故か皆んな好意を寄せてきていつの間にかハーレムが形成されているんじゃ無いのか? その通りにはいかないにしても、ここまで塩対応をされる理由がわからない。俺はそんなにもブサメンなのか?!いや、そんなはずは…… それとも、このセカイの美少女はそう言う性質なのか? このセカイに来てまともに会話できた女性は『おばちゃん』だけな気がする…… エステルは訝しそうな表情をする俺を他所にピョンと男の上から降りると、路地の奥へトコトコ進み出した。 「エリヤさん?でしたっけ?足元の『それ』こっちまで運んでくれませんか?」 「あ、はい、えぇっと『それ』とはこのめり込んでいる男性のことですか?」 最早敬語になるのも致し方ないのだ、負の感情も目の前の『可愛さ』には抗えない。しかも鬼の様に強いときている、こんな所で理由もなく美少女と命のやり取りはしたくない。 まぁ俺の場合エステルに『それ』呼ばわりされず人認定されているだけマシか……哀れな男よ、お前らは手を出してはいけない存在に触れてしまった様だ。 「もぉ、ぼさっとしてないで早くしてくださいよぉ」 エステルが壁に埋もれていた男の襟首を片手で掴んで怠そうに引きずっている、声の可愛さと相俟って実にシュールな光景だ。 「あ、あぁ、わかっ……りました」 俺は石畳に減り込んでいる男の肩口を掴んでゆっくり起き上がらせる。 メリメリッという嫌な音と共に起き上がった男の顔は無残にひしゃげていた。大凡…顔の原形を留めていない。 「うっ、まじまじ見ると、結構キツイな……」 そのまま男の肩口を掴んでエステルの元へと引きずって行った。 「一体、どうするん……ですか?」 俺は並べられた無残な二人組を一瞥しエステルへと視線を向ける。 「フフ、魔法剣士エステルさんは、心優しいのです、このまま放置できませんからねぇ」 そう言い終えると、エステルは静かに目を閉じて詠唱を始めた。 「我が真なる言葉が理りから紡ぎ出す力は燃ゆる炎熱の施し、顕現せよ…『焔の癒しフレイムヒール』」 エステルの眼前に淡く光る赤い幾何学模様が描かれ、瞬間…魔法陣が完成する。エステルが行使したのは火属性の中級回復魔法だ。しかし本来火属性魔法は攻撃色が強く、火属性での回復魔法を行使する者は殆どいない。否、出来ないと言う方が正しい、炎を回復のイメージに結びつけることも難しいが、詠唱も長く中々に高度な魔法である。しかしエステルはその魔法を詠唱を省略し意図も簡単にやってのける事から、魔法への適性と技術の高さが伺える。魔法剣士の『魔法』に関してはあながち間違いでは無いようだ……これ以上は言うまい、命は大事。 淡く揺らめく暖かな炎が男たちを包みその傷を立ち所に癒していく。 「さすが、魔法剣士ですね。エステルさんこの二人どうするんです?」 エステルはガバっとこちらに満面の笑みで顔を向けた。 「ぐふふぅ、そうですかぁ?それ程でもないですよぉ〜わたしの事はエステルって呼んでくださいっ」 あ、わかりやすい。この子物凄くわかりやすい。 「あ、ありがとうエステル、ところでこの二人を––––」 スパンッと鋭い炸裂音が響いた、未だ意識の戻らない男達を並べ、動体視力の強化されたエリヤですら視認できない程の強烈な平手打ちを今自らが回復した男達に放った。 「えぇぇ!」 エステルの鬼畜ぶりに思わず心の声が漏れてしまった、それよりなぜ?エステルさんどうした?! 強烈なビンタに苦悶の声をあげ項垂れる男にさらに反対側から、スパンッと音だけを置き去りに男達の顔が波打ち歪む。 エステルは……それはもうニコニコの笑顔でうなだれる男達の前にしゃがみ込み、平手打ちを繰り返していた。 「ちょ、エステル?どうした?起こしたいのかな?」 ならば逆効果だ、意識を戻す直前に強烈な平手打ちが再度打ち込まれるので再び意識が飛ぶ、もうそれはただの地獄…そろそろ男達に本気で同情の念が湧いてきた。 「はい、ちょっとお伺いしたいことがあるのですが、中々起きてくれません」 エステルはムゥっと口を尖らせて可愛らしい表情を見せるが、その行いは鬼畜以外の何物でもない。 「わかった、俺が起こすから、魔法剣士さん強すぎてこの人たち死んじゃうから」 「そんなっ褒めすぎですよぉ…強い魔法剣士だなんてっ」 エステルはきゃっと顔を両手で覆い恥ずかしそうに、うりうりしている。 全然わからない、エステルの照れるポイントが大凡女の子が抱くであろう感情の斜め上を行き過ぎていて全然わからない。 あぁ、接しずらい。 俺は先ほど回復したにも関わらず既に顔面の腫れ上がった哀れな男達の肩を揺すり声をかける。 「おい、起きろ〜起きないと死ぬぞ、本当に死ぬぞ?」 俺は男達を揺さぶり続けるが、目を覚ます気配がない。 様子を見ていたエステルが訝しげに呟いた。 「力が弱いのかなぁ?もう少し強く起こせば……」 男達の本能が命の危機を察したのか、エステルのぼやきにビクンッと反応し二人同時に目を見開く。 「うおっ俺は?!ここは、どこだ?確か死んだじーさんが」 おいっ川渡りかけてんじゃん!旅立つ寸前だったよ?! 「顔がぁ、いてぇ、いてぇよぉ……かあちゃん」 お前誰だよ、さっきまでの下衆キャラどこ行ったんだよ。 まだ意識の定まらない男達を嬉しそうにエステルが見つめながら声をかける。 「おはようございますっ記憶ありますか?魔法剣士エステルです」 男達はハッとして目の前で優しそうにニコニコと微笑む美少女をその視界に収めると、戦った方の男はカタカタと全身を震わせながら「すいません、すいません、すいません」と譫言の様に繰り返す。 石畳に減り込んだ男は頭を腕で覆い隠し「あぁぁぁ、あぁあぁ」と声にならない声で泣き始めた。 今目の前にいる可憐な美少女が二人には微笑する悪魔にでも見えているのかも知れない。 実際俺も、無垢なエステルの笑顔が非常に怖いと感じるのだが、多分本人に恐怖を与えているつもりなど毛頭無いのだ。しかし、つい先程自分達に絶対的な死のイメージを植えつけた存在が満面の笑みを浮かべている…… それは最早恐怖でしかない。 「あれ?まだお目覚めではないのですか?起こしますぅ?」 エステルが更にニコッとして小首をかしげる。 「「いえ、結構です!!」」 男達は抱き合いながらブンブンと首を横に振って答えた。 「そうですか、よかった、では少しお話しを聞かせてください……あなた方は帝国の方ですよね?」 少し思案する様な顔を浮かべエステルは問いかけた。 男達はビクッと肩を竦ませ冷や汗を掻いている。 「え、いや俺たちは、その……」 男達は目を泳がせながら言い淀む、どう見ても『イエス』と言外に語っている様にしか見えないが。 「あなた達の目的と、バックにいる方を教えて下さいますか?」 エステルは返答を待たずに確信をついた。 目的と後ろ楯?こいつら、ただのチンピラじゃないのか?というかエステルは最初からわかって……何者なんだこの子。 「お、俺たちは、何も聞かされていないんだ!確かに帝国の人間ではあるが、か、金をもらって、ただバベルの領土で適当に騒ぎを起こせと…」 エステルは少し考え込む様に視線を上にあげて、それから男達を見た。 「帝国があなた方の様なザコを当てにするとは、思えませんし……陽動にしては、やることがしょうもないんですよねぇ、目的が見えませんねぇ」 何気にさらりと切り捨てたな、男達がズーンってなってるよ?身も心も完全に満身創痍だから、これ以上はやめてあげて欲しい。 「依頼してきたのは、どなたですか?」 エステルはニコッと一見可愛らしい、しかし男達にとって恐怖の笑みを浮かべ質問を更に続ける。 「それが、俺たちにもよく分からないんだ」 「ん?」 エステルが更にニコッ 「ひぃっ!し、信じてくれ!偉く金払いが良くて、前金に金貨十枚渡された、獣人やエルフにちょっかいを出すだけでいい、そいつらをどうしようと構わないって」 「いつもフードを深く被っていて、顔はよく分からないが魔導師の様な雰囲気だった、最初は胡散臭い奴だと思ったが、定期的に金をくれるって言うんで……正体なんざどうでもよかったんだ」 エステルは訝しげな表情を浮かべ、何かを思案した後、男達にまた笑みを返しながら返答した。 「戦争の火種にしても、弱いですね…あなた達が嘘をついてるとも思えませんし、わかりました!お話し聞かせて頂きありがとうございます!今日は見逃してあげます……もう悪いことしちゃダメですよ?次は、本当に成敗しちゃいますからね?」 ゴクリと唾を呑む音がやけに響いた、男達は猛烈な勢いで首を上下に振っている、男達にとってそれは最早死刑宣告。彼らがニコっと笑う美少女のトラウマに苛まれる日が来る事は想像に難くない。 エステルは満足した様に立ち上がり、軽く背伸びをすると爽やかな笑顔をエリヤに向けた。 「いろいろ付き合わせちゃって、ごめんなさい、おかげで少し有益な情報が手に入りましたっ」 終始やり取りを見ていたエリヤは思いっきて疑問を口にする 「エステル、お前……あんたは一体何者なんだ?騎士なのか?」 エステルは人差し指を口元に置いて、思案顔をしながらエリヤをジーっと見つめていた。 「女の子に沢山質問するのは良くないですよ?でも巻き込んじゃったので、少しだけ……わたしは国の機関や騎士ではありません、ただ最近この様な人間族の方が他の種族に因縁をつける事件が頻繁に起きてまして、規模は大きくないのですが、頻度が少し不自然なので…おじいちゃんに頼まれて簡単な調査をしていたのです」 エステルはニコッと笑顔を向ける、エリヤは直感で悟ったそれは言外に「これ以上聞くなよ?」と言うプレッシャーであると。 「わかった、話してくれてありがとう、俺も出来る事があれば協力するよ!魔法剣士の為に」 エステルがニパァッと笑いキラキラとした瞳でエリヤに視線を送る。 「本当ですかぁ!ありがとうございますぅ。でも大丈夫です!少しおしゃべりしてエリヤさんが、本心は悪い方ではないとわかったのですが……やっぱり信用できないので」 ゴハァッ!予想していなかっただけに、ダメージがデカイ!! 最後の最後にまさかの一撃を決められるとは……しかし、負けない! 「え、エステル?俺はそんなに悪人顔かな?悪いとこあったら教えてくれないか?気をつけるから」 あぁ!俺は何を言っているんだ、愛想尽かされそうな彼女に一番言ってはいけないセリフのど定番ではないか!わざわざダメージを喰らいに行ってどうする?! エステルは少し逡巡する素振りを見せた後おもむろに口を開いた。その表情に先程までの笑顔はなく真剣な眼差しでエリヤを見遣る。 「そう、ですね……先程わたしはエリヤさんを見て『キモい』と言ってしまいましたが、あれは本心です」 終わった、俺は美少女に真剣な顔で改めて『キモい』と言わせてしまった、もう立ち直れる自信がない。 項垂れる俺を見ながらエステルは言葉を続ける。 「エリヤさん?本心ですが、意味が違うんです……」 「え?それはどういう……」 エステルは少し斜めに視線を逸らすと、何かを決意した眼差しで再び俺を見た。 「キモいと言う言葉は、咄嗟に出てしまって……わたし、知らない方と出会ってお友達になるのは凄く大好きなんです……ただ、エリヤさんを初めて目にした時。わたしは、あなたに歪さを感じました…」 静かな空気が二人の間を流れる、俺自信まだ何を言われているのか状況が呑み込めていないが、エステルは更に続けた。 「それでも、だんだんとおしゃべりをしていく内に……わかったんです、あなたは元々暖かくて優しい方なのかも知れない……ただわたしにはどうしても、見えちゃうので……恐ろしく歪な『何か』があなたと重なる様に存在しているのが……おそらく他の方々には分からないと思いますが」 「わたし達エルフは、特殊な感覚があって、特にわたしは力が強いので、余計わかるのだと思います」 「ごめんなさい、ただわたしはあなたの様な存在を…見たことがない……うまく言葉に出来ませんが、正直に言うと……気味が悪い…です」 エリヤは話を聞く内に何かとても暗く冷たい物が蠢くのを自分の中に感じ俯いている。 エステルは言い終えると、「……ごめんなさい」と言い残し走り去っていった。 なんなんだよ、どいつもこいつも、イラつくだの、気味が悪いだの……人を馬鹿にしやがって、俺がなんだって言うんだよ……本当何なんだよ。 「プフ」 様子を見ていた男二人が、美少女に扱き下ろされて俯いているエリヤを一瞬嘲笑する様に笑い声を立てた。 「あぁ?……なに、笑ってんだ……てめぇら」 男達は一瞬目を見開いた。瞬間、男の一人が顔面に強烈な蹴りを喰らい宙に浮く、そのままエリヤは浮いた男の頭を鷲掴みにしてもう片方の男へと叩きつけ––––。 すでに満身創痍だった二人組は為す術もなく地面に転がり衝撃で気を失った。 「何笑ってんだよ……何笑ってんだぁぁぁああああ!!」 エリヤは地面に叩きつける様に激しく男を殴りつける、何度も…何度も。 『「誰が、気味ィが悪いだァ?!ぶっ殺しィてやろうかぁぁ?!誰がァ俺を笑っていいと言ったァあ!!お前ら如きがぁ!お前ら如きがぁ!」』 『「えすテルゥゥゥウ!!くそアマガァぁあ!ぶっ殺ォしてェやる!」』 エリヤは湧き上がる暴力に任せ男達を殴り続ける。もう彼らが生きているかどうかすら今のエリヤにはよく分かっていない。 自分が何故怒りに支配されているのかも、先程エステルに言われた言葉の意味も理解出来ていない。ただ中傷された、蔑まれた、嘲笑された、彼女の真剣な言葉がエリヤの中にある『何か』を引っ掻き回した。 ドス黒い感情が吹き荒れ、エリヤの心を暗黒に塗り潰していく。 「俺のォ思い通りになってればァあ!それでィいんだよォ!!アハっアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」 ドロリと濁った瞳が狂気に満ち、視界が黒く染まる。抑えられない破壊衝動がエリヤを丸呑みにして全身を支配する。 『––––––エリヤよ…目を、目を覚ませ』 黒いセカイに一瞬光が見えた、霞がかった心が晴れていく……エリヤの視界に僅かな光が戻った。 「ギデオン?ギデオンなのか?」 『––––––』 「返事をしてくれよ…俺は何なんだ……どうなってんだよ‥」 意識を手元に向けると夥しい量の血液があたりに飛散しエリヤの全身は返り血に塗れていた。男たちの顔面は陥没し原形など微塵もない、身体中があらぬ方向に捻れ、弄ばれた人形の様な姿で男達は転がっている。 「俺は、殺したのか、人を……はは、ははは、まぁ…いいや」 エリヤは虚ろな視線を遠くに向け立ち上がり、フラフラと歩き出す。 「蘇生リザレクション」 殆ど無意識であった…否、エリヤにそんな意識はない。しかしエリヤは死者を蘇生リザレクションする最上級魔法を欠伸をするような感覚で創造し男達に行使した、その視線は男達にすら向いていない。 『蘇生リザレクション』はエリヤのオリジナル魔法ではない。光属性の魔法でも最上級に位置する伝説級の魔法。 現在この魔法が行使できる者はセカイに数人程度…だがそれでも多くの上級魔導師を集いその力を集約してやっと行使する事が出来るか否かと言う超難易度の魔法である。 男達を光が包みゆっくりと身体が宙に浮き陽光色の光が一際輝くと完全に元通りの姿で、ゆっくりと地面に戻る。 まだ意識は戻っていないが、彼らは確実に蘇った。 エリヤは自分が伝説級の魔法を行使した事など覚えていない。ただエリヤの中に残された心がエリヤの暴走にブレーキをかけたのか…… そして『蘇生リザレクション』の光は衰える事なくエリヤのマナ〈魔力〉を根こそぎ引き出すと更に輝きを増し、まるで意思でも宿っているかの様に遠く空の彼方へと消えていった。 エリヤは虚ろな目で虚空を見据え、フラフラと歩いていると途轍もない倦怠感に襲われその場で膝をつく、マナを全て持って行かれたのだ、常人であれば命に関わる。 エリヤはそのまま前のめりに倒れ込み、意識を深く落としていく…… 夕暮れの鮮やかなオレンジ色が、倒れ伏すエリヤを紅色に染め、そこへ近寄る足音が一つ。 「おやまぁ、無茶するなっていったのに、ボロボロじゃないか…ったくしょうがないねぇ」 熊のように恰幅の良い体型をした赤毛の女性、その表情は穏やかで優しげだが瞳には強い意志が宿っている。 『おばちゃん』はひょいとエリヤを担ぐと、美しい夕焼けに背を向け、まだ人々で賑う街の喧騒の中へその姿を消していった。 『ギルボア山』夕焼けに照らされ木々が美しい紅色に染まり、名のある絵画に描き出された様な情景。しかし麓にはその美しさに反し、凄惨で目を覆いたくなる様な光景が広がっていた。 温厚な種族であり、山の恩恵に与りながら…『必要な狩り』以外行わない。ひっそりと集落を築き平和に生きる魔獣『ゴブリン』しかし今彼等の集落に生存している者は居ない。 皆一様に全身を切断され、無残に転がっている。緑豊かな草原が正に血の海といった惨状だ。真面な神経の人物がこの惨状を見れば間違いなく卒倒するであろう。 そんな凄惨な現場に一際輝く光が舞い降りた、光は集落の中心に佇み様子を観察でもするかの様に宙を舞い、やがて光の膜が中心の光から放射線状に広がりドームの様に集落全体の空間を包み込んだ。 薄く貼られた膜からは光の粒子が降り注ぎ無残に転がるゴブリン達を優しく包み込む。 全てのゴブリンが光に包まれた直後覆っていた光の膜が弾け、夜に差し掛かり薄暗くなった山の麓が一瞬輝きに照らし出される。 光が徐々に収束、一箇所に留まった。すると先程までの地獄絵図の様な光景が一変し、完全に身体を修復されたゴブリン達が一人また一人と起き上がって行く。 奇跡、そう表現する他ない光景がギルボア山の麓で起きた。 現役の魔導師がこの光景を目の当たりにすれば目を剥き、驚愕に打ち震える様な事態が人里離れたゴブリンの村で起きたのだ。 収束した光はやがて人の形を型取り、光が四散していくと共にその姿形が明らかになっていく。 「ふぅ〜流石に骨が折れるよ、この光景を中から見た時は絶句するしか無かったけど、なんとか間に合ってよかった。なぁ?ギデオン」 『うむ、蘇生リザレクションが間に合ってよかったな……』 「まぁ、かなり疲れたけどね、今の俺は精神生命体?だっけ、それに近いからマナを使い切ると消滅しかねないんだよな?」 『あぁ、全く無茶をする……しかしこれも…心の在り方なのやも知れぬな……魔獣と人……』 真っ白な髪に、薄い黄金色の瞳、白く輝く刀身の刀を携えた青年。その姿はエリヤと瓜二つ、違いは色彩を反転させたかの様な風貌。 しかしその瞳は柔らかく暖かさに満ちていた。 「ところで、ギデオン、記憶の方はどうだ?」 『あぁ、問題なく思い出した、我が何者であるか、そして今何が起きておるかもな。何故…汝等の元に我の存在が関与したのかは不明だが、とてつもなく大きな力が働いておるのは分かる』 「そっか、しかしギデオンが居てくれて良かったよ、俺だけだったらどうする事も出来なかった…」 『それは我も同じ事、気に病む必要はない』 「どーもっ、それはそうと、今からどうする?」 『我が盟友『アルベルト』の元に行く、奴ならばこの状況を打開する為の光明を見い出せる筈だ。その為には、あの娘に会う必要がある』 「エステルちゃん……だね?あの子取りあってくれるかなぁ、凄まじいキャラだった」 『そうだ、あの娘は間違いなくアルベルトの血筋、恐らく孫娘であろう』 「そうと決まれば、早速行くか!今ならあの子の場所を感知できるし、この身体なら一瞬で彼女の所まで行ける、すごく便利だな……この身体」 『その身体のエネルギーは恐らく一時的なものだ、エリヤの身に何が起きているのか突き止めなければ、我等もどうなるか判らん』 「だな、冗談は程々に––––––って、呑気に話してる場合じゃなさそうだ‥」 気が付けば彼等の周りを蘇ったゴブリン達がただならぬ雰囲気で取り囲んでいた。 「お前!!どう言うつもりだ?!」 「私たちを、弄んで何のつもり?!」 「……殺してやる!」 殺気だったゴブリン達が一斉に彼等を攻め立てる。 「待たぬか!!よく見よ!その御方は姿は似ておるが我らを襲った者とは違う御方じゃ!命の恩人に無礼な態度をとるでない!!気配でわからんのか?…」 集まったゴブリン達の間を老齢だが威厳を備えたゴブリンが割って入ってくる。 「長老?!」 「良かった、長老もご無事だったのですね!」 ゴブリン達は訝しんだ表情で彼を見つめているが、ゴブリンの長老が彼等を一瞥すると、「うっ」とビクつき俯いた。 「若い衆が御無礼を、どうかお許しください、そして此度は我らの様な弱小種族、あなた様のような『高位な存在』の方がこの様な慈悲をかけて頂き、どの様にお礼を申し上げれば良いか……」 「あぁ…いや、気にしないで下さい、謝るのは此方の方なんです、本当に申し訳ありませんでした」 「そんな!我らは、感謝こそすれ、謝られるよな事は何もございません、どうか頭をお上げください!!」 「いや、あなた達に苦痛を与えてしまったのは俺のせいなんです、本当に申し訳ない」 ゴブリンの長老は逡巡した様子を見せるが、すぐに向き直り言葉を続けた。 「わかりました、そこまで仰られるのであれば、謝罪を受け取っておきます、貴方様もお急ぎのご様子、どうか我らに構わず」 「はい、ありがとうございます!では––––」 急ぎその場を出発しようとしたその時鬼気迫る勢いでゴブリンの女性が駆け寄ってきた。 「子供達が!子供達が一人もいないんです!」 「何じゃと?!」 村で唯一生き残った子供のゴブリン達が皆何処かに行ってしまったらしい彼は少し思案しある結論に至る。 「あの子達は、無傷だった筈……一体どこへ……まさか?!」 「今すぐに捜索隊の準備だ!山中を捜索するぞ!」 「待ってください、少し心当たりがあるので、子供達の件は俺に任せてもらえませんか?必ず連れて戻ります」 「しかし、これ以上あなた様にご迷惑をおかけする訳には……」 「大丈夫です、心配でしょうが、もう少しだけ待っていてください!」 「本当になんとお礼をして差し上げれば良いか、せめてお名前だけでも」 「えっと…名乗る程の者でもないですが……俺は紅月あかつき祐真ゆうまと言います!」 「ユウマ様、どうか、どうか子供達をお願い致します!」 そう告げ終えると同時に祐真ゆうまは輝く光となり夜の空へと消えて行った。 「長老…よかったんですか?人間なんか…」 「たわけ、あのお方の何処が人間じゃ…姿形は人間であったが…我らの様な種族には雲の上のお方なのじゃろう」 同時刻『ハランの町』に続く街道から『スムーシャの森』への入り口付近に、淡い桜色の髪を前に垂らし俯き顔でトボトボと歩く美少女の姿があった。 「少し、言いすぎてしまいましたかねぇ、あの方は何だったんでしょうか……でも魔法剣士ってちゃんと言って下さったのは嬉しかった…でもでもあの方は……やはり、異常としか」 落ち込んだかと思えば、顔を赤らめ、直後に訝しむ。一人百面相で忙しい美少女の前に一際強い光が降り立つ。 「ひゃっ、なにごとですか?!敵さん?夜道を歩く女の子を襲うなんて、感心できませんよ?」 突如、眼前に降り立った光を前に警戒したエステルは、咄嗟に後方へ飛び構えを取る。握っているのは剣……ではなく拳––––––。エステル自身、剣の扱いが少し…ほんの少しだけ下手なのかな…と言う自覚は少なからずある。 故に命の危機を感じたり、感情が高ぶると思わず拳が出てしまう。 エステルはこの癖を直すべく目下訓練中なのだ。 光が四散すると同時に姿形が形成されていき、エリヤに瓜二つだが色彩を反転させた様な白い男性がエステルの前に姿を表した。 「エステルちゃん、だよね?少し話を––––」 祐真ゆうまの視界が明瞭になり話を切り出した瞬間 「問答無用でぇす」 腰を落としたエステルが這うように一瞬で間合いを詰め、鳩尾目掛けて拳を振りかざしてきた。 「うぉお!いきなり、何を?!」 『–––––祐真ゆうまよ』 祐真ゆうまは寸前で左足を軸に右足を後方に下げ身体を捻る形でエステルの一撃を躱す。 エステルはその勢いを殺す事なくその場で器用に身体を一回転させ祐真ゆうまの首筋目掛け強烈な回転回し蹴りを放つが、祐真ゆうまは上体を後方に逸らし蹴りを避ける。紙一重の攻防、しかしエステルは違和感を感じる。祐真ゆうまが攻撃を躱す瞬間、何故かしっかり目を瞑っていた事に。そしてエステルは逡巡する『この緊迫した状態で何故目を瞑っているのでしょう…』瞬間エステルはハッとし、今更気付いてしまった。回転して回し蹴りを放った事で盛大に開脚した見事な脚線美と共に揺らめくスカートの中を見知らぬ男の顔前で大開放してしまっている事に。 瞬間エステルの赤面した顔から湯気が上り、慌てて距離をとる。 この時点でエステルに敵愾心は無くなっていた、自分に敵意のある者が戦闘中に目を閉じるなどと言う愚行を、ましてやあの連撃を去なせる様な手練れが行うとは考えにくかったからである。そして意識して目を瞑られたことで、余計に恥ずかしさがこみ上げてきたエステルはもう戦闘どころではない。しかし、ここまでの思考を僅か数秒足らずで展開できるエステルは決して残念な子ではないのだ。 「み、見ました……??」 祐真ゆうまは首をブンブンと横に振り身の潔白を主張する。 「み、見てないです!決して見てないです!ピンクじゃないです!」 「見てるじゃないですかぁ、うぅ…大体あなた、なんなのですかぁ、何んでエリヤさんと同じ顔なのに別人なんですかぁ、と言うか人ですか?もう訳がわからないです!」 エステルはエリヤと同じ容姿の祐真ゆうまを見て一瞬困惑したが瞬時に『別人』と見抜き相対したのだ。 「ご、ごめん……でもそれを説明したくて、話しかけたのにいきなり襲ってくるから」 「夜にいきなり得体の知れないものがピカッと現れたら、パニックにもなります!それに初対面でちゃん付けする人にロクな奴はいません!」 エステルは若干涙目になりながら投げ遣りに状況説明を求めた。ちなみにエステルが速攻を掛けた理由の8割が『初対面でちゃん付けはロクな奴じゃない』だったりする。 「マジで!?ちゃん付けってダメなの?知らなかった……」 「そぅですよぉ、女の子にちゃん付けできるのは、親族と好きな人だけですよ?」 エステルが小首を傾げ、「バカなの?」という表情でキョトンとしている。 「それより、ちゃんと説明していただけますか?」 「あぁ、そうだった、先ずは自己紹介をさせて欲しい、俺の名前は紅月あかつき祐真ゆうま、訳あってアルベルトと言う人を探しているんだ」 エステルは祐真ゆうまの言葉に一瞬驚き、ジッと祐真ゆうまの目を見つめエステルの中に浮かんだ疑問を口にする。 「アルベルトはわたしのおじいちゃんですが、そんなことより…ゆうまさん?……あなたは、別の世界から来られた方……ですか?」 エステルは唐突に、しかし確信を持って祐真ゆうまに問いかけた。 「え?どうして……それを」 予想外の質問に祐真ゆうまは一瞬たじろぐ、しかし薄々感じていた『ある可能性』にたどり着いた。何故目の前の少女がその事実を知っているのかと疑問を覚えながらも、言いようのない不安と歓喜に満ちた期待が入り混じった面持ちでエステルの表情を見つめる。 エステルはグッと堪える様に唇を強く噛みしめると、鋭い眼光で祐真ゆうまを見据え小さく口を開いた。 「こんな…ところで何をやっているんですか、レインちゃんが……レインちゃんが、この『一年』あなたに会いたくて、どれだけ無茶をして来たと思っているんですか……そんなあなたが……なぜ、なぜ平然とわたしの前にいるんですか…」 エステルは小刻みに肩を震わせながら、大きな碧眼の瞳に零れ落ちそうな程涙を溜め込み、祐真ゆうまに言い募る。 その姿はレインを想い心を痛めている親友のようだ。実際の関係はわからないが、レインの内情を詳しく聞ける仲であり、そんな彼女を大切に思っているのだろう。 祐真ゆうまは『レイン』がどのような形であれ生きていた事実を確認し、熱い感情が込み上げてきた。しかし同時に自分が過去守れなかった事、悲痛な思いをさせてしまった事、今聞かされたレインの心情を察して居た堪れない想いに胸を締め付けられる。 事実、祐真ゆうまの自我が覚醒したのはエリヤがシルバーウルフを手に掛けた直後ある。 祐真ゆうまの記憶はレインを失った『あの日』から途絶え、闇にその自我を捕らわれていた。そして最早風前のともし火となっていた彼の元にギデオンの魂が取り込まれ、祐真ゆうまと一時的に一体化する事でその存在を確立するに至ったのだ。 目覚めた祐真ゆうまはエリヤの視界と感情を通して今の状況を知ることが出来た。 そして……再会する。 エリヤの視界越しに見た黒猫の少女は、姿形は変っていても祐真ゆうまの知る『レイン』だとすぐに分かった。何の根拠も確証も無い、ただあの瞳を…青空をそのまま閉じ込めたような『空色の瞳』を祐真ゆうまが見紛う筈がない、抱き締めたい、そして謝りたい……守れなかった事を、あの日一人にしてしまった事を。 しかしその時の祐真ゆうまにエリヤの自我を抑える力は無かった。 エステルの言葉でレインの存在を肯定され、抑えていた感情が一気に沸き立つ。本当は一刻も早くレインの元に駆け付けたい、しかし同時に不安もあるレインは自分の事を認識出来るのだろうか、エリヤを見てもレインは分からなかった……だとしたら同じ容姿の自分は…… 祐真ゆうま自身まだ自分の姿というものをはっきりと視認していない。ただ周りの反応からそう察しているのだ。 様々な感情が錯綜し祐真ゆうまは混乱する、しかしそんな自分に歯噛みし決意を固めた。 レインが生きていた、それだけで十分だ。レインが俺のことを分からなくても、俺がレインを大切に思う事に変わりは無い!だから今は俺のやるべき事をやる! 心に固い意志を持ち真剣な表情でエステルを見返し、言葉を紡ぐ。 「ありがとう、レインの事大切に思ってくれて。俺もレインが大切だし、今すぐにでも会いたい。ただその為にはやらなければいけない事があるんだ、だからすまない、それまでは––––」 「ぶっ飛ばします!」 エステルが地面を蹴り疾風の如く拳を振り上げ飛び込んできた。 「ぇええ?!」 祐真ゆうまはあまりの展開に反応が追い付かず、咄嗟にバックステップをとりながら腕を顔と腹部に構えガードの姿勢を取る。 エステルの拳が祐真ゆうまの顔前を完全に捉えた、刹那––––。 「これ、エステル」 何処から現れたのか、ふと意識を向けるとそこには背後に束ねられた白髪を靡かせ、口元に蓄えられた白い髭が印象的な男性がエステルの腕を優しく掴んでいた。耳が尖っている所を見ると、エステルと同様にエルフ族であろう。威厳と風格を兼ね備えた男性は優しい視線をこちらに向け柔らかな口調で祐真ゆうまに語りかける。 「孫娘が悪い事をしたね、この子は少し短絡的なとこがあって感情が高ぶると見境いが無くなってしまうのだ。許してくれるかい?」 祐真ゆうまは一瞬何が起きたか分からなかったがハッとして男性に向き直る。 「はい、自分は大丈夫です、こちらの方こそご迷惑をおかけしてすいません」 「それは、良かった。私はアルベルト、話は少し聞かせてもらったよ…君がレインの話していたユウマ君だね?その身体……どうやら只事では無いようだ」 アルベルトは目を細め祐真ゆうまの姿をジッと見つめ思案するような表情を浮かべる、その傍らで未だ腕を掴まれていたエステルが喚いている。 「おじいちゃん、離して下さい!わたしはこの方をぶっ飛ばさなければいけません!せっかくレインちゃんの願いが叶うのに、この方はヘタレです!ヘタレはわたしが息の根を止めます」 「エステル、落ちつきなさい、彼は普通のヘタレでは無い……ちょっと特殊なヘタレだ、だから息の根を止めるのはやめなさい」 特殊なヘタレってなんだ、アルベルトさんフォローになってないよ。 「そうなのですか?では、半分だけ止めるのは、いいですか?」 「うむ、半分だけなら……」 「良くありませんよ!アルベルトさんそこ折れたらダメですよ!半分止めるって大体意味わからないし」 「「ぇえ、ケチィ」」 「ケチじゃ無い!アルベルトさん、あんた一体何しに来たんだよ?!」 「いや、いや、すまないね、エステルの事になるとどうしても甘くなってしまって…エステル、彼の話を最後まで聞いてからでも判断するのは遅くないだろう?」 「むぅ、わたしは納得出来ません!レインちゃんは、わたしにとっても大切な人です。それなのにレインちゃんが待っていた方が特殊なヘタレだったなんて知ったら、レインちゃんが悲しみます!ならいっそ会う前にわたしの手で……」 「危険!アルベルトさん?危険ですよこの子の思考!」 「うむ、まぁしょうがないんじゃね?」 「おい!キャラ壊れてるから!甘すぎでしょうが!」 この人達は一体どんな思考回路なんだ…アルベルトさんに会えたのは良かったけど、本当に頼って大丈夫かな。 未だにふくれっ面のエステルを甘々になだめるアルベルト、先程までの威厳は微塵もない。 二人のやり取りを眺めながら、俺何してるんだっけ? とため息交じりに考えていたが、そんな光景を見て何だか胸のあたりにほっこりする物を感じ、妙な安心感が湧いてくる。 エステルは極端だけど、それだけレインの事思ってくれている。本当に…良かった…あいつ、ちゃんと暖かいところにいたんだ。 祐真ゆうまの目から一雫の光が溢れる、流れない涙の代わりに光の雫が頬を伝って行く。 そんな祐真ゆうまの『愛しい人』を想い遠くを見つめる表情と頬を伝う美しい光の雫を見て、エステルは息を呑んだ。 あぁ、この人の心は暖かい…深い温もりと優しさに溢れた人なんだと悟り、エステルは祐真ゆうまへの考えを改める。 「そんな顔して泣かないで下さいよぉ…ぶっ飛ばせないじゃないですか…わかりました、もう少しだけ事情を聞いてあげます」 「はは、ありがとうエステル。君みたいに優しい子がレインの側に居てくれたんだと思うと嬉しくてね」 「べ、べべべべ別に、やさしくなんか……レインちゃんは…友だち……だから…うぅ」 エステルは赤面して膝を抱え指をツンツンさせながら小さくなる。 そんな様子を微笑ましく眺めていたアルベルトが祐真ゆうまに視線を送った後腰に携えている刀に目をやる。 『500年ぶりかアルベルト、親バカの次はじじバカ…相変わらず懲りん男よ』 ギデオンが『念話』を使い全員に聞こえるよう話しかける。 「戦バカに言われたく無いな、ギデオン…貴方こそ剣に魂を映して堅物に磨きが掛かったのでは?」 『ほほう、言うようになったではないかアルベルト。しかしエルフ族の中でも、その武と英知に置いて右に出る者無しと謳われた『豪鬼の賢者』アルベルト・オーウェンも孫娘の前では形無しだな、貴様の一族も長がじじバカでは先行きが不安であろう』 「ふん、貴方に言われなくても私はとっくに隠居している。何百年経ったと思っているのだ、戦乱の時代に名を轟かせた『破壊の英雄王』もただの剣になり下がれば最早骨董品だな」 『祐真ゆうま、今すぐ此奴を斬り捨てよ』 「エステル、あの口の減らない剣を叩き折ってあげなさい」 「自分達で解決しろ、俺は今忙しい」 「おじいちゃん、うるさい」 『うぬぬ…』 「エステル!そんな……おじいちゃんに、そんな事……おじいちゃん寝込んでしまうよ?」 とっくに打ち解けていた俺とエステルは久しぶりの再会にじゃれ合う老人達を他所にレインの事や俺が今なぜここに至るかの経緯を説明し話し合っていた。 「祐真ゆうまさんとエリヤさんは同じ『身体』にいたんですね!ではあの時わたしが感じた歪さというのは…」 「いや、エステルが感じたのは恐らく俺でも、エリヤでもない別の『何か』だ」 「なにか?」 「そう、俺はレインを失った日からの記憶がない、しかしエリヤの記憶や感覚が共有された時わかったんだが、あいつは何年も経っている様な感覚を持っていた。ただエステルは俺にさっきレインがこのセカイに来て一年と言っていたね?」 「はい、レインちゃんはこのセカイに来て一年程です」 「つまり体感している時間が違う……それは俺のいた世界とこのセカイの時間軸が違うという可能性もあるが、俺がいたのは元の世界ではないと思うんだ」 「それは、何故ですか?」 「所々ボヤけていてうまく読み取れなかったけど、あいつが過ごしていた空間、あれは俺のいた世界じゃ無い。そしてこのセカイでも無いと思った…そして何より、そこに居たんだ…別の『何か』が」 認識がボヤけていて細部はわからない。ただその存在を感じ取った瞬間とてつもない怒りの感情に支配されそうだった。 「そして、あいつの記憶で見た空間は歪だった、俺の記憶の中にある光景を全部繋ぎ合わせたような亜空間?と表現するべきか、とにかく通常の空間じゃなかったんだ」 「その『何か』さんが祐真ゆうまさんをどこか不思議な空間に閉じ込めていた……という事ですかね?」 「はっきりとは、分からない……そしてもう一つの疑問」 「エリヤさんとは、何者なのか?ですね」 エステルは賢いのかイタイのか、分からないな… 「ユウマさん……」 エステルがニコっとこちらに笑いかける。 「ん?!そう、その通り、エステルの言うとりだよ!」 冷や汗が滝のように出た、何故女性とは勘がこうも鋭いのか。特にエステルは第六感的な物が以上に鋭そうだ、以後気をつけよう。 「今エステルが言ったようにエリヤとは何者なのか、俺は何故あいつの中にいて同じ容姿なのか、そして紅月あかつき祐真ゆうまと言う記憶をエリヤも持っている、名前は忘れている様だったがあいつは自分自身を俺だと思っているんだ。多重人格とも考えれるが…それだと今俺が別の『存在』としてここに居る説明がつかない」 「うぅ、訳がわかりませんね」 「そこから先は、私が説明しよう」 エステルのダメージから復活したアルベルトさん。余裕を取り戻し、静かな口調で語り始めた。 「「––––––」」 とりあえずスルーしておく。 もう今更賢者っぽい登場されても、説得力が皆無だ。 「ん?ユウマ君?エステルまで、おじいちゃんを無視しないでおくれ!」 『貴様が醜態を晒すからだ』 「元はと言えば、貴方が私に絡んで来たからではないか!大体バベルの要たる貴方がこんな所で何をしているんだ?貴方が居なくなればあの国に他国への対抗手段など有りはしない、森に懐かしい気配を感じまさかと思って来て見れば、其方は相変わらず剣になっても無茶苦茶だ」 『この状況は我の本意ではない!しかし、これはあの国にとって必要な事なのかも知れぬがな、無茶苦茶なのは貴様とて同じであろう』 「貴方と同じにはされたくないですねぇ」 「あの、そろそろ、話進まないんでやめてもらっていいですか?ギデオンも、いい加減大人しくしてくれ、お前がアルベルトさんを頼れって言ったんだろう?」 『む!祐真ゆうまよ今それを言うでない!』 「ほほぅ、そうですか、そうですか貴方が私をね、いいでしょう他ならぬ盟友の頼みです」 『己れぇ……祐真ゆうまよ此奴の表面に騙されるでないぞ、外面はいいが内面はただの捻くれ者だ』 「おや、良いんですか?そのような––––」 「おじいちゃん、ウザいよ?」 エステルがニコッとアルベルトを見つめる。 「ごめんなさい……」 おじいちゃん弱、本当に大丈夫かこの人…見た目の割にノリが若い。 「うぉっほん!冗談はさておき、ユウマ君先ほどの話を聞く限り君は恐らく何者かの干渉を受けている。そしてその何者かは君達の肉体に巣喰い今はエリヤ君を蝕んでいるのだろう、そしてギデオンの魂が本来離れる筈のないバベルの地から離れ、君の元に現れた事は偶然では無い…大凡私達では見当もつかない強大な力が働いている、私はそう感じたよ。ただ一つだけ言える事は、ギデオンを君たちの所へ送った力は君達に干渉していた力と相反する力と考えるのが妥当だ」 「なるほど、相反する力か…確かにギデオンが来なかったら俺達?はずっとあの空間に閉じ込められていた事になるな……でもやっぱり気になるのはエリヤと言う存在です」 『ふむ、我も記憶を無くしていたとは言えエリヤとは聖霊器を通して繋がっていたのだが、今の祐真ゆうまとは全く違う感覚であった』 複雑な状況に混乱しながらも考えを巡らせていると、エステルが場の空気を切り裂く。 「とりあえず、エリヤさんぶっ飛ばしたら解決ですよね?」 何故この子は可愛い顔して一番過激な方向へ突っ走るのだろうか…きっとお爺ちゃんの影響だろう。 「ふむ、まぁぶっ飛ばすかどうかはさて置きエリヤ君に会わなければどうにもならないのは事実、流石はエステルだ」 『じじバカが、甘やかしすぎだ』 「なんだと!この戦バカめ」 「はいはい!それ以上は後でごゆっくりどうぞ、俺のこの身体がいつまで維持できるか判らないんで、なるべく巻きでお願いします」 もう半ば呆れ顔で、お爺さん二人を制して先を促す。 「そうそう、思い出したんだけど、君とエリヤ君の状態は予測だが検討がついているよ」 「『なら、早く言え!』」 全く話が進まない、この人は本当に賢者なのか、バカじゃないのか? 「まず話しておかなければならないのは『人』と呼ばれる存在がどう構成されているかだね、『人』は種族に関係なく《肉体》《霊》《魂》が密接に混ざり合って存在しているんだ。《霊魂》と言う言葉は祐真ゆうま君の世界にもあるかな?」 「はい、ただそれを総じて《魂》と呼ぶことが多いですかね」 「ふむ、それはこちらも同じだ。しかし実際には《霊》と《魂》が混ざり合って一つになっている事がこちらのセカイで研究により判明している そしてこの《霊》と《魂》は異なる性質を持っていてね、《霊》は『生と愛』《魂》は『死と欲望』を司っている、全ての生ある者に死は必ず訪れる、それは私達エルフのような長命種も同じだ、そしてこの二つが混ざり合うことで一つの命として存在している。しかし仮に《霊》から《魂》が切り離されたとしたら《霊》は死ぬことがない、そして老いる事もない。そんな事は通常不可能だが……ここからは私の推測になる、今君達の状態はまさに《霊》と《魂》が切り離されている状態だと考えている」 「え!でも、そんな事が…どうやって」 「現時点では詳しい事は判断できないが、恐らく何者かの干渉により君の《霊魂》は肉体から切り離されていた、そして《霊魂》は何らかの力の影響で別たれ、ギデオンと共にこちらのセカイに来た()が『エリヤ』と言う自我を持った。それが何故なのか、どう言う力が及んだのかは全く判らないがね、そして祐真ゆうま君本来の自我である君が《霊》だ。不完全な状態とは言え、今の君はマナさえあれば死ぬ事はない。そして歳をとる事もね」 「アルベルトさん……本当にすごい人だったんですね」 「ん?君は私をなんだと思っているのかな?」 「そんな事より、話のスケールが大きすぎて未だに実感が湧かないです…」 「そんな事って言った?今そんな事って……まあ、決めるのは君自身だ、今の君はその価値を望む者にとって喉から手が出るほど欲しい『不老不死』を完全に実現しているからね。この事が世間に知れれば君を血眼になって得ようとする輩は巨万といる」 「不老不死と言われても…余り興味がないと言うか、もしエリヤが消滅するとどうなるんですか?」 「それも、想定ができない、やってみないと判らないとしか言いようがないが……祐真ゆうま君、君はこの先どうして行きたいのかな?もしかしたら、エリヤ君とは関わらない生き方も出来るかも知れないよ?それだけの力があるんだ、どんな望みも大半は叶う」 『この先どうしたいのか』そう問われた祐真ゆうまに明確な答えは今の所導き出せない、しかし確固たる意志が祐真ゆうまにはあった。 「俺は、エリヤを放っておけません。アルベルトさんの話通りなら…あいつは俺自身でもある、俺に何が出来るのか、会ってどうなるのかは分からないけど、エリヤは今とても不安定な状態です。このままだとまた誰かを傷付けてしまう……それだけは何としても避けたいんです」 「そうか、君の気持ちはわかったよ。しかし、レインには会わないのかい?」 「レインに会いたい気持ちはもちろん有ります。ただ……一度は失ったと思った大切な『存在』が生きていてくれた…正直な所、何故このセカイに来たのかも、レインが何故人になったのかもよく分からないけど、レインが生きてる。それだけで十分なんです!例え会う事がかなわなかったとしても、俺にはもう悔いは無いです。この身体をどうするとか、自分がどうしたいとか…そんな『贅沢』な悩みは結果が出てから考えます。ただ何より、この問題を早く解決しないと行けない、その為に俺は自分の責任を果たしたい。じゃないとレインにまた危険が迫るような気がするから……アルベルトさん、レインを助けてくれた事エステルから聞きました……本当にありがとうございます!その上で身勝手なお願いですが、俺に何かあってもどうか…レインの事よろしくお願いします!」 静かに祐真ゆうまの話に耳を傾けていたエステルとアルベルトは、突然穏やかな表情でクスクスと笑いだした。 「フフ、君達はなかなかどうして、ははは」 「そうですねぇ、ふふ」 「ぇえっと…俺なんかおかしい事言いましたっけ?」 「レインもね、君と似たような事を言っていたよ『自分はどうなっても良い、ただ君の無事な姿を一目確認したい』あの子はただその為に本当に『命懸け』でこの一年過ごしてきた。血の滲むような努力を重ねて…君達は自分をもっと労わらないとね、君があの子を失うのが辛かった様に、あの子も辛いんだ。お互いに想い合うのは素晴らしいが…フフフ、まぁ嫌いでは無いのだけどね」 「そうです!相思相愛なんて羨ましいですねぇ」 エステルがキャピキャピとはしゃぎながら飛び回っている。 正直レインへの感情がどんな物なのか自分でもまだ分からない。とても大切な存在……しかし恋愛感情かと聞かれると自信はなかったりする……以前は『黒猫』だったのだ。ただそんな垣根を越えて俺はレインを愛しているが、それは限りなく『親愛』に近い……レインはどう思ってるんだろうか…猫の時の記憶はどのくらいあるのだろう。 遠くを見遣り物思いに耽っていると、アルベルトが柔らかい口調で語りかけてくる。 「レインはね、元々こちらのセカイでは『人』だったんだよ、魔人の国の姫として生まれた彼女はとても辛い経験を経て君と出会った……私も初めて聞いたときは二つの世界〈セカイ〉を行き来したなんて俄かに信じられなかったけどね」 「え?……ぇえ?!レインが元々人?しかも魔人族の姫?!」 「あぁ、事実だ、それが今は獣人…しかも限りなく人間に近いね。本当にもう私は心底自分の浅はかさを思い知ったよ500年以上生きてこれ以上得る知識も無いとまで思っていたが、全く持って私は愚かだった。あの子の背負う運命は、特殊……異常といっても過言ではない」 いや、待て…今それどころじゃない、レインが元魔人族?というか人?意味がわからない…俺の知ってるレインは黒猫……あぁ、全て辻褄が合う。あの行動も、あんな事したのも…待てよ、待て待て、落ち着け……俺 「ちなみに、レインは猫の時自我は……ちなみに年齢とか」 「もちろん有ったさ、彼女は二度転生した。しかし全て記憶と自我を引き継いだままね、確か17の歳だったかな…これはとても凄いことで–––––」 アルベルトさんが何か言っているが、そんな事はどうでもいい! ヤバい、俺は、あんな姿も…まさかあの姿も……17歳の女子…しかも姫の前でなんて事を…いや、不可抗力だ……意識できるはずないじゃないか!だって反則だろ?元々猫で人に転生した…これは何となくセーフな気がする、ただ人から猫はダメだ、最初から色々と分かり過ぎている! あぁ、会えない、ダメだ、恥ずかし過ぎる。 「そういえばレインちゃん言っていましたよ?ユウマさんはケモミミ属性?だからこの姿を見せたらイチコロだって、わたしにはよくわからなかったのですが」 あってるよ、正解ですとも!ケモミミ萌えだよ……おかしいと思ってたんだよな、PCに見覚えのないアプリが大量に入ってたり、ネットテレビの視聴履歴がアニメで埋め尽くされていたり……レイン、お前はどこまで『見て』しまったんだろうか…もうなんかさっきまでのシリアスな話どうでもよくなって来ちゃったな… 一人燃え尽き、白い姿が余計白くなって、口から生気を垂れ流しながら遠くを見つめる祐真ゆうま。 羞恥心に悶えながらのレインとの再会を思うと、もういっそ消えて無くなりたいと思うのは健全な男子として致し方ない事だろう。 「とりあえず、エリヤさんぶっ飛ばしに行くんですよね?」 「ふむ、そうだな、流石エステル!それに一度乗りかかった舟だ私も同行するとしよう」 『祐真ゆうま、大丈夫、大丈夫だ』 「何がだよっ!もう好きにしてくれ、俺は俺はぁ…うぅ』 「ユウマさん?何で泣いてるんですか?!ビンタしますか?」 『祐真ゆうま!大丈夫だから!』 最終的に何だか締まらない感じで…俺の身に起きている事実を確かめる為エリヤの元に向かうのだった…しかしその先で待ち受ける現実に笑顔はない。
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