「願い」のち「望み」

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「願い」のち「望み」

 セカイの中心たる場所に存在する大国『バベル王国』 その象徴であり天に吠えるかの如く聳え立つ巨塔。それを人々は口を揃えてこう呼ぶ『背信の塔』と…その存在感は見る者に畏怖の念を抱かせ、人間の犯した過ちを思い起こさせる。 1000年以上の時を経てもなおその存在感を揺るがすこと無く巨塔は佇む。 その塔の先端は砕け、大きく中央に亀裂が走り、壮大な力により打ち滅ぼされたであろう痕跡が今も如実にその威光を物語る。 愚かなる人間が神に成り代わろうと、その権威を主張するために建造された巨塔はその傲慢さ故に神の怒りに触れ、神怒の一撃により無様にも崩れ去った。 セカイの人々は神の怒りを恐れ二度と同じ過ちを犯す事がない様に戒めと、神の偉大なる力の象徴として崩れ落ちたままの巨塔を現存させている。神へ弓引く愚かな人間たちに同じ人間でありながらも最後まで反発し、他種族との合同軍を率いて『背信の王』と戦った英雄『アレクサンドラ初代国王』により建国された国、それがバベル王国である。 このセカイにおける種族とは人間族・獣人族・エルフ族・ドワーフ族・魔人族と分類されその起源は全て神に至るとされている。神の配下として存在していた『天使族』と天使が堕落した存在とされる『悪魔族』が神によって後に創造された人間と関係を持ちその系図が人間以外の種族となった。 全種族が共通して『父なる神』を信仰の対象としているがその概念や教理は大きく異なり、一度は神敵の出現で纏まった種族も、やがてその教理を巡り人間と獣人と魔人の間で争いが行われるようになった。 『我らこそが神の道に正しく寵愛を受ける種である』主張は平行線、争いの火種は代を追うごとに大きくなり各国の溝は深まっていく…エルフやドワーフ達は争いに対して批判的であった為どちらにも組みする事は無かったが、争いは激化し遂に500年前セカイ全土を巻き込む『三種族大戦』へと発展したのである。 バベル王国は真っ先にその戦火の中心となった。 しかしその大戦を圧倒的な力により終結へと導いた人物…5代目バベル王国の国王その人である。彼は『破壊の英雄王』の異名をとる程にその力は凄まじかった。 彼は争いに批判的だったエルフ族、ドワーフ族、そして同じように平和を望んでいた獣人族や魔人族との合同軍を指揮し、バベル王国に勝利と安寧の時をもたらした。 この威光によりバベル王国はどの国の支配下に入る事なくセカイにおける中立国を宣言する事となる。 時は戻りエリヤがこのセカイにやってくる前–––––– 一人の少女が光を纏いこのセカイに舞い降りた。 それは転送魔法……などではなく、光とともにその瞬間『セカイに存在していなかった』少女が現れたのである。 その肌は透き通るほど白く、顔の輪郭は整い、大きな瞳は青空をまるごと閉じ込めた様な空色の双眸。漆黒の髪は少しくせ毛混じりのショートヘア、身長は150センチ程度だ、頭には猫の様な耳と腰の下辺りから尻尾が生えている。その表情は可愛らしくもありながらどこか物悲しげで虚空を見つめ考えを悟らせない表情で––––。 「ここは……ワタシは……彼が……いない」 虚空を見つめる少女の頬を一筋の雫がつたう。 少女は生まれたままの姿を隠す様に黒いフードの付いた外套を羽織っていた。 少女にはサイズが大きすぎるその外套は見た目とは裏腹に力強く存在感を放ち、左胸辺りにサファイヤの様な雫を模したアクセサリーがさりげなく飾られ細い鎖が外套の前を止めている。 それは『聖霊器』少女の最も強い気持ちを形にした力の器。少女にとって絶対の温もりであり世界。 そんな少女の様子を見つめ、歩み寄る人物が一人––––。 現在… バベル王国より南東に位置する『ギルボア山』自然の恵みあふれる山には多くの野生動物や比較的温厚な魔獣が生息していた。 魔獣と動物の違いはマナを体内に摂取できるかどうかでありマナを摂取できる魔獣には魔法を行使出来る物や『言語』を使いこなし集落を築く人型の魔獣もいる『言語を操る』魔獣と獣人や魔人の決定的な違いは『神の系図』からなる種族か否かが違いであり、その違いが覆る事はない。故に『獣』と『人』明確な差がそこにはあった。 ギルボア山に光が溢れ『一人の存在』がセカイに現れる。 それは異端––––––。 絶対に起きることのない隔離された世界からの『来訪者』その特異な存在にいち早く気づいたのはギルボア山に生息する魔獣たちの主である『隻眼の巨像』魔獣達はその本能で『異質な存在』に尋常ならざる危機感を感じ山の主が直接動いたのである、異質な気配に向かって主はその足を進める。山で生まれ自然を愛する主はそこに暮らす動物や魔獣達を守るため『異質な存在』の元へと。 頂上付近に差し掛かった頃その隻眼はある存在を視認した。そこには人間の男が腰に刀をぶら下げ立ち尽くしている。身長は190センチ程度で程よく筋肉質な体型に鋭い眼光が印象的な美丈夫 ミディアムヘアーで左目に半分かかった前髪は眼光の鋭さを引き立たせている。色白の男は一見近寄り難い雰囲気を纏っていた。 山の主はその隻眼で男の内に秘めた莫大な力に危機を感じ、一瞬にして確信する。 この人間は危険であると…今この場で息の根を止めなければ必ずこの山に暮らす魔獣達の脅威となる。そう本能が警鐘を鳴らし山の主はその渾身の一撃を男に向けて放ったのだった。 「しかし危なかったな~、いきなりボス級だったんじゃないか?」 エリヤは崩れ去った山の主を前に自分の力を確信し巨大な敵を屠った高揚感に満たされていた。 『エリヤよ汝が今倒したのは、おそらくこのギルボアの主だ』 「主?やっぱボス級だったんだな、その割には一撃だったけど」 「俺が強すぎだったりして、好きな魔法創造できるってマジでチートだもんな」 ボス級でこの程度なら…自身の力を再度実感して薄っすらとその口元に恍惚な笑みを浮かべる。 『エリヤよあまり奢りが過ぎると』 「わかってるよ!俺の武器が俺に説教すんな、心配しなくても強くなってやるよ誰よりもな」 『––––––』 とりあえずこのセカイのことや自分に出来ることを再確認しておくか、どんな力を使えるか実験も兼ねて。そして俺はギデオンからこのセカイの事、主にその種族や関係性などについて簡単な説明を受けた。 「獣人、いい響きだな、早く見てみたいな~異世界といえばケモミミ……」 「ところで、ギデオンはこのセカイについてなんでも分かるのか?」 『全てという訳ではない、我は聖霊器として覚醒した時に目覚めたのだが『セカイ』に関しての記憶はその成り立ちや力のことだけでその記憶を何故我が有しているのかわからぬのだ、故に今の時代や情勢の事などは我の記憶には無い』 「そうか、まぁその辺は情報収集するからいいや。それより力の事について教えてくれ」 ギデオンの話によると… 俺のアストラルアビリティ万象創造〈クリエイト〉は想い描いた魔法を創造して行使出来る……らしい、実際のところ出来たのだがギデオンは自信なさげ… 本来このセカイにおいて魔法を使用するにはその性質にあった資質を持っている事が絶対条件となる。 性質とは『火』『水』『樹』『土』『風』『光』『闇』『無』の8属性で7つは定番だが無属性というのは重力系や時空系などの魔法でどの属性にも影響しない性質であり、その資質を持つ者は非常に稀有。 もちろん俺は万象創造〈クリエイト〉で全ての属性を使用できる。 ただ資質があるだけではダメだ。 体内のマナ〈魔力〉を注ぎ込み詠唱によって魔法陣を構築しなければならず、その過程がとても大変らしい。 魔法はイメージに強く影響を受ける為膨大な情報量を処理しつつ、強くイメージを持たなければ使用する事ができない。最上級クラスの魔法となればその使い手も限られる。俺はそんな魔法でもバンバン使用できる……もう最強なのでは無いだろうか… ただ万象創造〈クリエイト〉にも制限はある様だ… 魔法を行使するにはイメージを強く持たなければならない為どのような魔法かという明確なイメージが必要と言う事だったが、この力もそれは例外ではなく、例えば『敵が消える魔法』という魔法を創造しようとしても何がどうなるのか、どのような効果なのかを理解していなければ発動しない…… 逆を言えば理解さえしていればどんな魔法でも創造できる。元の世界で読んだマンガやアニメ、ゲーム等豊富なオタク知識が活用できる…俺は王道からマニアックな物まで様々な二次元関連を見てきたのでバリエーションは中々に豊富だ。 そして魔法を使用するために必要なマナはその魔法によって消費量が異なる…まぁ当然と言えば当然だが面倒な事にマナの絶対値は魔獣を倒したり鍛錬を積む事で増えていく。鍛錬なんてめんどうな事この上ない。 要するに魔獣を狩りまくれば済む話だ。 そして魔法の使用や戦いの鍛錬を積むと練度が増していき、練度の違いによって技の威力も大きく変わる…これもめんどくさいので練度を超える圧倒的な火力でぶっ壊せばいいだけだろ……と解釈した。 それから俺は色々考えた末、何種類かの魔法を万象創造〈クリエイト〉で創造。 一度創造した魔法は固有魔法としていつでも使用可能。 そして俺が創造した魔法は… 『芸術アート創造ファクトリー』無属性 これは今すぐに一番解消したい問題である。 今の格好がダサいのだ、後いつまでも裸足は嫌だ。 この魔法は言ってみれば錬金術のような物で出来るか不安だったが一応〈無属性〉に入るらしく、セカイに存在する部質を異なる性質へと作り変える事が出来る。 最初は想い描いた物がポンと出てくるような魔法を創造したのだが失敗した…原理をイメージ出来なかったからだろう。 そこで俺はマンガの知識を参考に『性質を作り変える』という風にイメージしたところ見事成功した。 更にこの魔法には特殊な効果を付与できる。 そして『芸術アート創造ファクトリー』で作成した自信作に着替えた。膝丈ほどある黒のレザーコートに紺色のシャツ、パンツはベージュのデニムで靴は紺のレザーブーツだ。後は刀用のレザーホルダーも作成した。 ちなみに素材は元々着ていた服やゴーレムっぽい奴の残骸とか色々使っている。これら全てに付与効果が付いていて、一見カジュアルだがその性能は鋼の鎧を遥かに凌ぐ。服に施した付与効果は物理耐性、斬撃耐性、毒耐性、麻痺耐性、石化無効が付いている。 付与出来る特殊効果は素材にした物の影響を強く受けるようで、ゴーレムっぽい奴の残骸はかなり優秀な素材になってくれた。 毒耐性と石化無効は正直助かったと思う、毒とか石化とか怖いなんてもんじゃない。 『真ノテラ爆撃斬エクスプロージョン』火属性 これはゴーレムっぽい奴を倒した時に咄嗟に創造した魔法。刀にマナを注ぎ斬り付けると同時に相手の体内で爆発が起こるという中々にエグい魔法となっている。 『鬼人オーガ剛招ストレングス』土属性 全身の筋力を一定時間爆発的に上昇させる魔法、ちなみにこの魔法をかけた状態で地面を殴ったら直径2メートル程のクレーターが出来てしまった。もうこれだけで良いんじゃね?という気持ちにもなったが色んな戦闘を想定した方が良いので結果オーライ。 『神速カムイ』風属性 全身に風を纏い爆発的な推進力を得る、視界が追いつかずコントロールが難しいので次の魔法も創造した。 『転瞬思考シンク』光属性 知覚速度を10分の1まで縮める事で、速度に対応できる様になった。 『獄炎ヘルフレイム』闇・火属性 全てを焼き尽くす漆黒の業火、これは外せない。 黒龍波を何としても打ちたいのだ……ただ龍の造形とか難しすぎて今のところ刀に纏わせるか直線的に放つ事しか出来ない。 『時ノ癒月パッシブヒール』光属性 回復は大事!死にたくないのでとにかくこの魔法がかかっている間は傷が癒え続ける自動回復だ。しかしまだそんなに大きな怪我をしてないので効果は定かではないし試したくない。 他にももっと派手な大技を使用したいのだが俺自身のマナがまだ少なく、『獄炎ヘルフレイム』も思ったほどの迫力はでなかったので一先ず近接戦闘を意識した実用的なスタイルで固めてみた。 理想は指を振り下ろすだけでどデカイエネルギー弾を軽く投げつける様な『地球やっちゃいますよ?』的パワーを期待したが、普通に考えれば既に十分チートなので大人しく諦めることにした。 このセカイに来た時はまだ日が高かったのに、初めての戦いや魔法開発でかなり時間を費やしてしまった。もうあたりは暗くなってきている。 マナを消費しすぎて疲労も限界に近い、初めての感覚だがこのマナ〈魔力〉が減っていく感覚は本当にヤバい。 大量に消費すると長距離マラソンを全力で走り続けたような疲労感に襲われる。マナ不足で倒れたら洒落にならないのであまり燃費の悪い魔法をバンバン使用するのはやめた方が良いだろう。 ちなみに今のとこ創造した魔法は『獄炎ヘルフレイム』を除きそれなりに燃費は良い。 実用的な戦闘魔法はほぼギデオンからのアドバイスを元に俺の知識と重ねて創造した。 「はぁ、疲れたな。もう一歩も動けない……動きたくない」 『エリヤよ、夜は魔獣も活性化する種類のものがいる、十分に気を引き締めよ』 「あぁ~はいはい、ボスキャラ倒したんだからこの辺の魔獣なんて楽勝でしょ」 『単純な戦いだけが全てではない、どれだけ力に差があっても状況次第では足元をすくわれる』 「わかったよ~口うるさい刀だな」 『––––––』 「腹減った…それより眠い……考えたらますます眠くなってきた…ふぁあっ」 俺は急激な疲労感から来る眠気に勝てず『芸術創造アートファクトリー』で作成して置いた簡易的なテントに潜り込む、今日はこの場所で野営する事にした。 「明日は魔獣を狩って今日創造した力を実践してみるかな……考えただけでワクワクする」 『…エリヤよ汝は』 ギデオンが何か言いかけたが俺は知らない、今はただ欲望に従い深い眠りの中に落ち––––。 『ダセェ……』 地に足が着いていない、全身は宙に浮き無重力な遊泳を今はただ楽しむ。暗い空間…しかし恐怖は無い、僅かに懐かしさと心安らぐような宵闇。 『ダセェ……』 聞こえていない振りをしていたその声は突如としてその形を成し目の前に現れ––––。 『お前、ネーミングセンスなさ過ぎだろ?魔法の名前がダセェ』 ブロンドの無造作ヘア、現代風のラフなスタイル…ポケットに手を突っ込んだままの横着な立ち姿でこちらを睥睨している…しかし睥睨しているのは感覚的にわかるだけ、その容姿は影の布を貼り付けた様に薄暗く、よく視認できない。 「––––––」 声が出ない、この不遜な物言いをする『誰か』に意思を伝えたいと願うが、それを行うための口が無い…ただそこには一方的に聞く事しか許されない意識だけが存在している。 『大体、魔法を創造?適当すぎるだろ、お前の力は––––––』 意識が急速に沈んで行くのがわかる、その人物が語る内容も上手く聞き取れない。 この人は誰だ…何故こんなにもこの人の声は、心を掻き毟るのか…何故こんなにも泣きたくなるのか、しかし今は涙を流す瞳も存在しない。 『まだ、意識が––––、意思を––––––て、気を––––––ゆ––––うま』 聞き覚えのある、誰かの名前が聞こえた気がした。徐々に薄れゆくその姿、声をかけたい…もっと聞かせてほしい、もっと側に…あなたは…俺の––––––。 意識は更に深く、漆黒の世界へと潜って行く。
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