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ダイニングルームを出てフロリアンが向かった先は自室ではなく地下室だった。自分と同じ価値観を持つ、されど自分とは徹底的に立ち場所が違う人のところへ。どちらかを選べるのならフロリアンは向こう側になりたかった。食べるより知らないうちに食べられたほうが余程マシだ。
地下室の鍵を鍵穴に差し込んで扉を開くと奥へと廊下が伸びている。両脇にはドアがあって一部屋ずつに彼らは飼育されている。普通の食肉工場はストレスばかりの環境だという、それに比べたら遥かに優遇されているのだと何時ぞやかシェフが語ったことがあったが、フロリアンがその実態を知ることはないし、どうせ食べるというのだからどちらも悪だ。
ひとつの部屋の前で足を止めると鍵を差し込んで開く、無機質で簡素な部屋。家具はベッドしか置かれていない、そこにひとりの少女が床に膝を三角にして座っていた。歳はまだ幼く、彼女は自身を幸福な子どもだという、神様に選ばれた存在なのだと。フロリアンには理解が出来ない、こんな境遇に合わされる子どもが幸福であるはずがない。
その少女の傍には本が積み上がっていた。絵本から図鑑、小説、辞書まである、少女が顔を上げてフロリアンを見て笑顔を見せた、本を傍に置くと駆け寄って抱きついてきた。
「フロリアン!また来てくれたのね!」
「うん。どう?本は面白かった?」
自分の腹ほどにしか身長がない少女をそっと離して、本へと視線を向ける。
「うん!文字って凄いのね、色んなことを教えてくれる」
ファームに暮らすものは文字を知らないのだという、本というものが存在しても絵しか書かれてなく、口頭でそれを引き継いでいるにすぎない。フロリアンは少女に文字を教えた、彼女の学習能力は高く、今では難しい文字まで読めてしまう。
「でも、外で遊びたいな」
寂しげに視線を落とす少女に胸が痛む。
「それから、一度お家に帰りたい。パパやママに文字を教えるの。それからフロリアンのことも!」
閉鎖空間に閉じ込められてもなお子どもは自身を幸福な子どもであると信じている、家に帰れるものだと信じている。
「うん。父さんに聞いてみるよ」
嘘をつく、聞いたところで答えは決まっている。でも帰してあげたいと思う。このままここに居ても子どもの運命は決まっている、食べられるだけだ。皮を剥ぎ、内臓を取り除き、丁寧に包丁を入れられて、ただの肉の塊となる。
想像しただけで気分が悪くなりフロリアンは自身の想像を頭を振るうことで振り払った。逃がしてあげよう、この子だけでも。
「いつか必ず帰れるよ」
「うん」
フロリアンの言葉に少女は頷いた、疑いなどひとつも持たない澄んだ瞳だった。
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