いつか、三時の向こう側

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「杏樹、今日は顔色良さそうじゃんか。何かいいことでもあったか?」  太陽がにこにこしながら私の顔を覗きこんでくる。顔が近い顔が近い!と私は思わず赤面して視線をそらした。その元気キャラなせいで気づかれにくいが、彼も彼で結構可愛い顔をしているのだ。何より。 「な、な、何でもないよ?気のせいじゃないかな?」  実は私は、この太陽少年に片思いをしている真っ最中なのである。どちらかというと大人しく、一人で絵を描いているようなタイプだった私。太陽は、そんな私が持っていないものを全部持っている――そんな少年だった。確かに、成績はちょっとだけ私の方がいいけれど。彼にはそれを補って余りあるほどの体力があり、コミュニケーション能力があり、そして友達がたくさんいる。毎日一緒にいて、飽きるということがない。そんな彼に私のような隅っこ系女子が憧れと恋愛感情を抱くのは、有り触れているほど有り触れた話であるのは間違いないことだろう。  友人達が訪れてくれるのは本当に嬉しいし、同時に太陽が“私だけのために”毎週土曜日に来てくれるというのが本当に嬉しい。まあ、そんな事を素直に口にできるほどの勇気など、私には全く無いわけだったが。 「そ、それより!今日は三人とも、何のお菓子持ってきてくれたの?」  そして、いつものお菓子紹介タイムが始まる。赤くなった私に全く気づいてない様子の太陽は、そのままぴょこんと後ろに飛んで私から離れると、持ってきたリュックをガサゴソやり始めた。 「ふふふ、見るがいい!チップムーンの期間限定バージョンをゲットしたのだ!」  彼はニヤリと笑って、真っ赤な小袋を取り出した。そう、ポテトチップスのシリーズだというのに、袋が真っ赤なのである。それもそのはず、パッケージにはどどーんと真っ赤な唐辛子をイメージしたキャラクターが飛び出してきている。 「唐辛子味だ!これはおすすめ!俺は食べて倒れた!!」 「倒れたっつーもんを病院のお見舞いに持ってくるんじゃないよ、このアホ!」 「いってえ!」  パコーン!と素晴らしい音がした。璃々が私のスリッパを拾って、それで太陽の後頭部を叩いたのである。おお、素晴らしきかなコント魂。リアル漫才を見ているかのようだ。私と瞬は二人でパチパチと手を叩いて感心してしまう。 「あたしと瞬はフツーに美味しいお菓子を選んできたってのにさ!こいつときたら毎回毎回ネタに走りやがって!」 「り、璃々……痛い……ちょっと今の本気で痛かった、次からはもう少し手加減をよろしく……」 「わかった、次は急所に当てに行くわ」 「ヤメテ!?」 「あははははははははっ!ふ、二人とも面白すぎ!もう漫才コンビ組んじゃいなよ、あははっ」  私は大爆笑である。そんな私の肩をそっと叩くのが瞬だ。 「それは流石に太陽が死ぬからやめてあげよう。璃々の馬鹿力でツッコまれ続けたら、馬鹿なのがさらに馬鹿になっちゃう」 「あ、なるほど」 「「そこ!納得しない!!」」  太陽と璃々の言葉が綺麗にハモる。それを聞いて私はさらに大笑いする。これが私の、土曜日三時の日常だった。彼らのおかげで、辛い治療も先の見えない日々も忘れて生きてこられたと言っても過言ではない。
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