いつか、三時の向こう側

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 私はもう、先生に言われてしまっている。余命宣告、というやつだ。今の医者にはそれを伝えない人も少なくないらしいが、私はあえて自分の意思でお願いしてそれを聞いている。  私はきっと、大人にはなれない。  それでもいいと思っていた。――その時まで、こうやって彼らと過ごせる日々が続くのであれば。大好きな三人がいてくれて、その瞬間まで笑えるのなら。  だから私は、最初にお見舞いに来てくれた日に、余命のことも彼らにちゃんと伝えている。そして告げたのだ。私はそれまで精一杯生きるから、余計な気遣いなんてしなくていいと。ただいつものみんならしく、私に笑顔を届けてくれれば十分だから、と。 「……でさ、次の遠足なんだけど、太陽ってば“どうすればオヤツ代を水増しできるか”ってそればっかり考えてんの。五百円までオッケーって、小学生の遠足にしては高いって聞いたんだけどさあ」  雑談しながら、璃々がうーんと唸る。遠足――その言葉に、私は少しだけ気持ちが沈んだ。  ●●山の方までバスに乗ってハイキングに行く遠足。毎年六年生が秋に行くことになっている。太陽はその遠足をずっと楽しみにしていたし、それは璃々も同じであることを知っている。 「……行きたかったな、私も」  思わず呟いてしまって、自己嫌悪に陥った。気を使わなくていい、みたいなことを言っておきながら何をぼやいているんだろう。こんな事言われたら、せっかくの楽しい雰囲気が台無しになってしまうのに。 「気持ちは分かるけど、駄目」  はっきり言葉を紡ぐのは瞬である。 「杏樹はちゃんと休んで、身体を治さないと。元気になれば遠足なんかいくらでもいけるんだから」 「でも……」 「でも、もだってもない。僕達は、杏樹がちゃんと治って元気になってくれるって信じてるんだから。絶対治らない!って言われた病気でもきちんと治して元気になった人は世界中にいるんだよ?杏樹がそこで諦めちゃってどうするの」  正論だった。そして、彼らがいつも明るく接してくれた理由を思い知り、私は本当に申し訳ない気持ちになる。  遠足に、行きたかった。元気になれば、行ける。  でも、みんなと行ける遠足はもう、これで最後だとうのに。 「うわ、もうこんな時間じゃん。太陽がふざけたことばっかり言うから、今日は大富豪三回しか出来なかったし!」 「待て璃々!俺のせいか!?」 「お前のせい以外の何物でもないからな」 「あ……」  帰ってしまう――三人が。私は急に寂しさが募って、名残を惜しむ声を出してしまう。すると太陽が振り返り、眩しい笑顔で告げたのだった。 「じゃあな、杏樹。また来週の三時にな!」  そして。三人の姿を飲み込んで、がらん、と引き戸が閉まる。  来週の三時。急に薄暗くなってしまった部屋の中、私はその言葉を口の中で転がしていた。 ――無理でも、大変でも。……行きたかったな、遠足。みんなと一緒に。  ぽろり、と堪えきれない涙が、頬を伝って落ちた。
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