いつか、三時の向こう側

6/6
前へ
/6ページ
次へ
「璃々。瞬。……太陽」  三人の顔を、それぞれ見て、私は。 「もう、さよならしないと、駄目だよね。……私、ちゃんと行くよ。この、土曜日の……三時の向こう側。みんなのいない未来に、ちゃんと行く。みんなが安心して天国に行けるように……私、病気を治して、頑張って大人になるから、だから!」  もう駄目だった。ぼろぼろと溢れた涙は止まる気配もなく、私の声は嗚咽に変わって形を失っていく。そんな私の頭を、ぽんぽんと優しく叩いた手があった。 「やっとわかったか、杏樹。良かった。……太陽にそそのかされて、無理言ってこっちに残った意味もあったってなもんだな」  瞬の声だ。やっぱり無理やり残ったんだ、というのと。それが本気で呆れに満ちていたものだから、なんだかおかしくて、私は泣きながら笑ってしまう。クールに見えて、誰よりも思いやりがあった瞬。小テストで躓いて半べそかいていた私を、塾を休んでまで助けてくれたことを本当は知っているのだ。 「憂鬱だわー超憂鬱だわー。戻ったらあたしと瞬まで絶対大目玉喰らうの確定なんだもんー」  はああ、と大仰なため息をつくのは璃々である。イジメは絶対許さない正義感。クラスの女の子の間でイジメが起きそうになった時、殴りこんでいって助けたのは彼女だった。いつも、弱い者の味方であった彼女に、救われた事は何度もある。 「なあ、杏樹」  そして、太陽。  その名前の通り眩しくて、私にとってはまさにお日様のような人だった、彼。 「チップムーン、唐辛子味の後もばんばん新商品出てるんだよな?一番新しいワサビ味が俺めっちゃ気になってるんだ。食べて感想くれ、頼む」 「最後に言うのそれなの?」 「おう。……生きていれば、食べられる。あのめっちゃウマいお菓子の次のシリーズもその次のシリーズも。他にもいっぱいいろんな美味しいお菓子が食える。俺らがオススメしたの忘れんなよ?……生きるってのは、そういうことだ。苦しいこともあるけど、悲しいこともあるけど、美味しいモノを食うのも遠足に行くのもテレビ見るのも空を見上げるのも……全部生きてなきゃ、できないことだかんな。大人になるまでの時間なんかじゃ、やりきれねえことがたくさんある。それ全部やりぬくまで、絶対諦めるんじゃねーぞ!」  な?と笑う彼は、最期まで彼らしかった。彼らしい言葉で、私の背中をぐいぐいと押してくれるのだ。 ――ねえ、好きだったよ。太陽。君が、本当に好きだったよ。  だから――さようなら。 「うん。……待っててくれる?私が、しわくちゃの、おバアちゃんになるまで」  私がどうにかそう絞り出すと。太陽は、璃々は、瞬は、弾けるような笑顔で手を振ってくれた。 「おう!」 「気長に待っててあげるー!」 「ゆっくり来いよ」  がらがらと、引き戸が開いた。いつもの廊下ではない、真っ白な光の向こうに――三人の姿が吸い込まれていく。 「じゃあね、みんな……!」  そして、がらんと閉じられた。私は振った手をゆっくり降ろし――そしてまた、一人気持ちを弾けさせた。  先週とは違う。声を上げて、子供に返ったように――泣きじゃくったのである。  この土曜日の、三時のその先へ向かうために。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加