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内大臣邸、西の対。
ここに、内大臣の一人娘である大君が伏せっていた。
彼女は、内大臣にとって唯一の娘である。内大臣は、正妻と側室との間に沢山の子を儲けたが、大君以外は皆男。そのため大君が生まれた時、内大臣は飛び上がらんばかりに喜んだと言う。
当時の貴族にとって、娘は大変重要な駒であった。
娘は入内させる事が出来る。入内後、娘と帝との間に皇子が誕生すれば、その皇子が春宮になるかもしれない。目出度く春宮から帝になった暁には、自分は晴れて帝の祖父だ。帝の祖父ともなれば、外戚として政での発言力は強くなり、一族の更なる繁栄に繋がる。
また当時、長女と末娘とで母娘程の年齢の差があるのは珍しいことではなかった。そのため、娘が何人もいるのであれば、長女を帝に嫁がせ、その間に生まれた皇子達に次女、三女、四女…と嫁がせることで、天皇家を自らの一族の血で固めることも出来たのである。
しかし。
内大臣には、大君しか娘がいない。よって、内大臣の大君に対する期待は並々ならぬものであった。内大臣の更なる出世は、全て大君の小さな肩にかかっている、そう言っても過言ではない。
それにも関わらず、大君が病に倒れてしまったことで、内大臣の悲しみ様は言葉では言い表せない程であった。そして、それは大君にも犇々と伝わっていたのである。
(私は、お父様のお役に立てずに死んでいくの…?)
御帳台に横になって、大君は混沌とした意識の中で考えていた。そして、ぐっと唇を噛む。
(そんなの嫌…!!何不自由なく育てて頂いた恩に報いることも出来ず、このように惨めに、何も成し遂げずに死んでいくのは、いや、嫌、嫌………!!!)
嫌だと心は強く思っているのに、体は全く言うことをきかない。内から燃えているかのような熱を帯びた体は常に気怠く、意識は朦朧としたまま。関節の節々が痛み、起き上がることさえ今は辛い。そして、胸が詰まるような感覚が日増しに強くなっており、呼吸はどんどん浅くなっていく。
大君は静かに涙を流しながら、切に願った。
(お願い…何でも致します、御仏がいらっしゃるのならば、いいえ、もう鬼でも悪霊でも物の怪でもいい。私を助けて、私は入内しなければならないのです、助けて、誰か、誰でもいい、
助けて……!!!)
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