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「ほら見てみろ。あれが内大臣の大君だ。」
内大臣邸の上空。
そこには禍々しい形相の朧車が、ゆらゆらと鬼火をいくつも揺らしながら佇んでいた。その周りには小鬼達が何匹も絡みついている。そして物見から下の様子を伺っているのは、戯の鬼と梦月だ。
「いくら祈祷を行ったところで、この娘の病は物の怪の所為ではないのだから何も意味はないのだが、それでも高僧どもがこぞって御所で祈祷をしているのは好都合。おかげで、ここにおる坊主どもの法力など大したものではない。梦月ならば、このくらい問題なかろう?」
戯の鬼はこう言って、目を三日月のように細めて笑った。確かに、ここにいる坊主どもの祈祷など梦月ほどの力を持つ鬼であれば何の影響もない。法力の強い高僧達は皆漏れなく御所に召し出されてしまったため、内大臣は娘のために大した僧を呼ぶことが出来なかったのだ。
(蜻蛉のような儚い命に、この運の無さ…。つくづく憐れな姫君だな。)
梦月が冷たく大君の様子を見ていると、小鬼達が物見に近寄ってきた。
「戯の鬼様、戯の鬼様、あの娘は放って置いても死ぬ、我らが喰ろうても良いか、」
「若い女じゃ、若い女じゃ、」
「若い女の血肉は非常に美味じゃ、口の中で溶けるぞ、むしゃぶり尽くそう、」
盛り上がる小鬼達の内の一匹を、戯の鬼は素早く掴んだ。そして長く骨ばった指で、その首を握り潰す。
「戯、戯の、鬼、さ、」
「あれはお前らの獲物ではない、梦月の獲物だ。余計な手出しはするなよ、糞共。」
骨の折れる乾いた音が、勢いよく空に響いた。戯の鬼に捕まえられた小鬼は頚椎をへし折られ、そのまま発火。最後は灰も残らず消え去った。
「小鬼共に対する当たりがきついな。」
小鬼の燃えた後の臭気に顔を顰める梦月。戯の鬼は小鬼を掴んでいた方の腕を引っ込めて、そのまま引っ掻くようにして頭を掻いた。
「雑魚をどう扱おうと構うものか。さあ、梦月よ。大君の体を奪い取ってしまうがいい。さすれば内裏に入ることができるぞ。」
戯の鬼に言われ、梦月はゆっくりと腰を上げた。あの死にかけの女の体さえ手に入れば、内裏に入って帝を助けることが出来る。
…約束は、自らを言葉で縛る呪い。
けして反故にしてはならぬ。
梦月は朧車を出ると一瞬で空気に溶けて、そして次に現れたのは大君の枕元だった。
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