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じわり、じわりと、追い詰める。
梦月の話は大君の心を抉り、虚無の空間のひび割れが更に酷くなった。大君は顔を歪めて大粒の涙を流す。
「お父様、ごめんなさい、っ…う、ぅ、」
「なれど妾なら、そなたの憂いを晴らすことが出来る。」
梦月の言葉に、大君は勢いよく顔を上げた。
「ま、真でございますか!?お願いします、お父様の夢を、お父様の期待を裏切りたくないのです、どうかお助けください!!お願いします、私に出来る事なら何でも致します、何かを差し出せというのであれば、幾らでも差し出します!!
私の願いはただ一つ、お父様の夢を叶えること…!」
(なんとまあ、自ら何でも差し出すと言ってきたぞ。)
浅はかな姫だと、梦月は内心嘲笑した。
藁にもすがる思いなのだろうが、物の怪と取引をして、自らの望みが美しく成就すると言う上手い話があるわけがない。相手は物の怪。人間のために手を差し伸べてくれるなどと、思い上がる方がおかしい。
物の怪との取引には必ず、どこかに穴があるのだ。その穴に気付かず、目先の欲に駆られて取引をする愚かな人間の何と多いことだろうか。その結果、物の怪は甘い蜜を吸い付くす。人間が「話が違う」といくら叫んでも、その頃には時すで気遅し。そもそも、話は違わないのだから。
梦月は優しく、甘く惑わせる。
「大君よ、内大臣が一人娘の大君よ。妾に、そなたの体をおくれ。さすれば、そなたは生き長らえることが出来る。入内も出来る。
父君の夢は成就する。」
(一つの体に魂魄は二つも存在し得ない。大君が体を明け渡すということは、大君の魂魄を私が喰らうということだが…)
物の怪や鬼が、優しく丁寧に全てを説明してくれるだろうと思う方が愚かなのだ。物の怪の側からすれば、都合の悪いことまで洗いざらい話す必要はない。目の前に餌だけぶら下げておけば、それで良い。
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