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大君は小さな声で「私の体?」と囁いた。
「体を差し出して…、そうすると私はどうなってしまうの?」
「妾とひとつになる、それだけのこと。恐ろしいか?それならば無理にとは言わない。死ね。」
梦月はこう言って、すっと立ち上がった。すると大君は慌てて「待って!!」と呼び止める。大君は息を飲んで、そして梦月の目を真っ直ぐに見つめた。
「体を差し出せば、私は入内できるのですか?お父様の夢である入内が、本当に叶うのですか?」
大君の質問に梦月は笑いながら頷く。
「ああ、約束しよう。そなたは入内できるし、父の夢も叶う。断る理由など無いだろう?断れば、そなたを待ち受けるのは『死』のみなのだから。」
この大君に待ち受けるのは、何方にしろ『死』。
しかし、大君の願いは叶う。大君の“体”は、確かに入内するのだから。その体の中にいるのは大君ではないが、そこまで大君は指定していない。大君の体が無事入内すれば、大君の言う『父の夢』は叶うこととなるのだ。
大君は俯いて、そして唇を噛んだ。
「……わ、かりました、わかりました!!!そのかわり、必ず、必ず入内させて下さい!!…必ず!!!」
梦月は、牙を剥き出して笑った。
(ああ、なんという愉悦。これだから人間は愚かなのだ。皆、目先の事しか考えられない…。)
一方の大君は、静かに涙を零していた。その涙は、鬼に自らを差し出してまう事への、罪深さを恥じてのことなのか。将又、鬼に今から喰われることへの恐怖からなのか。
「さあ大君よ、立て。」
しかし、罪深かろうが怖かろうが、梦月にはもはや関係ない。大君は約束したのだ。一度言葉にした以上、取り消すことはできない。物の怪を相手に、約束を反故することはできない。
大君はよろよろと立ち上がった。身の丈よりも長い濡羽色の髪が美しく波打つ。か細い体は先程からずっと震えていた。今から、この体の全てが梦月のものになる。美しい髪も、玉のような肌も、その何もかもが。
「では、そなたの体を頂こう。」
梦月が一歩近付くと、大君は固く目を瞑った。
そして、最後にまた梦月に乞う。
「お約束下さいませ、入内をさせて下さると。お父様の夢である入内を、必ずさせて下さると。」
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