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梦月はゆったりと頷いた。
「ああ、約束しよう。そなたは入内出来る。そして、そなたの言う“父の夢”は叶うであろう。」
この言葉を聞いて、大君は少し安堵したような表情を浮かべた。そして、最後に涙を一筋流す。睫毛を濡らす涙の粒は、宝玉の様に煌めいていた。
「…では、喜んでこの身を捧げましょう。」
両腕を広げた大君。
梦月は更に一歩近寄った。次の瞬間、梦月は顔を巨大化させ、そのまま口を大きく開いた。両方の口の端が裂けたことで、ぼたぼたと血が滴り落ち、その悍ましい口腔内が顕となる。歯並びは滅茶苦茶で、一本一本の歯がまるで槍のように鋭く、真っ赤な舌は三又に割れており、直視し難い程の不気味さだ。
梦月は、そのまま大君の頭を一口で食い千切った。
じゅるじゅると、長い黒髪をゆっくりと啜り、ごくりと喉を鳴らして大君の頭部を飲み込んだ梦月。残された大君の首から下の体は血を垂れ流し、赤く汚れた頚椎を剥き出しにして突っ立っている。
「確かに頂いたぞ。」
梦月は、こう言って目を閉じた。
「…。」
ゆっくりと目を開けると、そこは先程の御帳台。梦月は自らの手を見下ろした。
白い肌、細い指、短い爪。
これは、まさしく人間の手。
のそ…っとその体で立ち上がり、梦月は柱にかけられている八稜鏡を覗き込んだ。そこに映っているのは、他ならぬ大君の顔。
梦月は、まんまと大君の体を奪い取ったのである。
「ふ、ふ、ふは、ふふふふ、」
梦月は体を抱いて笑いを押し込める。でも、笑いが湧き出て止まらない。
(こんなにも簡単に、上手くいくとは!)
梦月は八稜鏡にぴとと手を当てた。鏡の冷たさが手のひらを通して確かに伝わって、その体を物にしたことを強く実感できる。
「案ずるな大君よ。“そなたの言う父の夢”は必ず叶えようぞ。入内は必ずしてやる。…『入内』はな。」
そう。
大君は、父の夢は「大君が入内すること」と言っていた。そして大君自身も「入内したい」という願いしか口にしていない。それ以上のことは一切言っていない。
つまり、入内した後のことは何も約束が取り交わされていないのだ。大君の言う父の夢は「入内すること」なのだから、梦月が果たさねばならないことは『入内』、それだけである。
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