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「……主上が床に伏せっていらっしゃるが、お加減はいかがなのだろうか。」
「…それがかなり悪いらしいぞ。先日突然苦しまれて、それから酷くなるばかりで…」
「なんと…では今頃、あの気位の高い太政大臣はやきもきしておるのだろうな。せっかく一番可愛がっていた姫を入内させたのに、こんなに早く主上に身罷られてしまっては、何のために後宮に入れたのやら、」
「これ、まだ身罷られておらぬのに滅多なことを言うな。誰が聞いておるのか分からぬのだぞ、」
時は平安。
ここは大内裏。大内裏の中には二官八省と呼ばれる役所があり、そこでは大勢の人々が働いている。その大内裏の片隅で仕事の手を止め、噂話に花を咲かせる者達がいた。
彼らの専らの話題は今上帝の病について。
今上帝とは当代の帝のことである。二十二歳の今上帝は、大変慈悲深く、聡明であり、和歌や管弦の才能に秀でた人物だ。おまけに、この方が帝位につかれてから京の都には天災もなく、一重に帝のご人徳のなすところだろうと民にも深く崇められていた。
しかし、ここで問題がひとつ。
この帝は体が弱いのだ。
それでもご成人されてからは、調子が良かった。しかし先日、朝から気分が優れぬと言い始め、その日のうちに枕が上がらないほど病状が悪化した。
体の節々が痛み、熱が引かず、魘される帝。
これは何か強い物の怪の仕業に違いない。当時、病は物の怪の仕業と考えられており、帝の病も物の怪によるものとして、各地から高僧が集められ、祈祷が行われた。しかし、一向に良くならぬ。それどころか、ますます帝はお苦しみになられるばかりだ。
こうなると人々は憶測で物を言い始め、大内裏の片隅で昇殿も許されない地下の役人達もお節介なことを言い始める。
もし帝が身罷られたら?外戚となって、さらなる権力を手にしようと自慢の娘を入内させた上達部達は、さぞや落胆するに違いない。後宮に入った姫達は箔だけついて、すぐ未亡人の仲間入りだ。
そして更に問題だったのは、未だ春宮が不在のままであることであった。
春宮とは皇太子のことだ。今上帝即位の際に、もちろん春宮の指名はあった。しかし、この時に指名されていた翡翠の宮と呼ばれる男が病で早々に亡くなってしまい、それ以降は空位の状態なのである。
身罷られる前に、誰を春宮とされるのか?
誰が春宮として相応しいのか?
こんなことを皆好き勝手囁き合うのである。
そして、噂し合うのは何も人間だけではない。
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