事の始まり

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「帝を救いたいなど随分酔狂な事を言うじゃないか。理由を聞かせな、理由を。」 近くに転がっている干乾びた鼠の死骸を長い爪先で弄りながら、嫌らしく口角を上げた()の鬼。この鬼は他の鬼よりも随分と長く生きており、それ(ゆえ)皆が知らぬようなことを知っていると梦月(むげつ)は耳にしていた。 (…この鬼の力を借りるしかない。) 力を借りるためには、話すという選択肢しか許されない。梦月はその場にゆっくりと腰を下ろした。 「…約束だからだ。それが。」 **** それは、十数年前の話。 梦月は油断して陰陽師に捕まってしまっていた。 彼女の食事は人間の精気。血肉は喰らわない。日中は闇に紛れて隠れており、夜になると食事の為に姿を現すのだが、梦月が夜、猫に化けて下級貴族の屋敷に忍び込んだところを捕らえられた。 (どうにかして逃げなければ…) 黒猫の姿のまま生け捕りにされた梦月。押し込まれた小さな(かご)には札が貼り付けられており、梦月の妖力を抑え込むと同時に、強靭な結界にもなっていた。これでは元の姿に戻ることも出来なければ、この籠を内から壊すことも出来ない。 (そもそもここはどこだ?) 籠は魔除の香である芥子(けし)の香りを焚き染めた布で包まれて運ばれたため、梦月は道中の様子を見ることができなかった。 いざ布が取り払われてみると、そこは屋敷の中、と言っても格子(こうし)のすぐ傍であり、格子が上げられている所為(せい)で、日の光が燦々(さんさん)と差し込んでいた。陰陽師は、どうやら梦月を置いてどこかに行ってしまったらしい。ただでさえ纏わりつくような芥子の香りで気分が悪いのに、日の光に晒されてはどんどん体が弱ってしまう。 (早く逃げなければ…日の光でどんどん力が失われていく。そこで調伏(ちょうぶく)などされたら、確実に消滅してしまうぞ…!) ここに籠を置いたのはわざとか? じわじわと日の光で弱らせようという魂胆か? 焦りと苛立ちで上手く頭が働かない梦月。頭が働いたところで現状、解決策など無いのだが。 「わっ、猫だ!」 そこに、一人の男の(わらわ)が現れた。 (子供か…) 梦月は童に背を向けた状態で、眉間に皺を寄せる。振り返って相手をよく確認したいが、そういうわけにもいかない。 なぜなら、今の梦月の姿は確かに黒猫ではあるが、目は三つ。鬼の時と変わらない。この童が自分の顔を見て悲鳴を上げれば、(たま)ったものではない。童の悲鳴で人が大勢集まると、籠に閉じ込められている梦月には、その人間共に抵抗する(すべ)がないのだ。 (余計なちょっかいはかけてくれるなよ…。早く立ち去、) 梦月の目の前に、あどけない顔がひょっこり。
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