事の始まり

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「あ…、」 梦月(むげつ)の喉から(かす)れた声が漏れた。 見られてしまった驚きで、梦月はと後ずさりする。すると男の(わらわ)は目を丸くして、しげしげと梦月の顔を確認した。 「わぁ…、お目々が三つ!どうしたの?なんで此処(ここ)にいるの??」 どうしたの、ではない。(むし)ろ、この童こそ梦月にしてみれば「どうしたの?」だ。 普通の童は、三つ目の猫など見れば恐怖で叫び、泣き出すだろう。それをこの童は、驚きもせず興味深げに梦月を観察している。この童の感覚こそどうなっているんだと思いながら、梦月も籠の奥からこの童の出で立ちを見た。 歳の頃は、四、五歳といったところか。 (うるし)のように黒々とした艶やかな髪は、既に髪削ぎを済ませたようで、肩の辺りで綺麗に切りそろえてある。頬は幼子らしくふっくらとしており、うっすら桃色に色付いていた。そして、その目は優しげで穢れなど全く知らないような透明感がある。 さらにいうならば、身に纏っている半尻(はんじり)の美しいこと。鶸萌黄色(ひわもえぎいろ)に染められた生地は、幸菱(さいわいびし)の文様になっており、仕立ての質も非常に良い。 (…どこかの上流貴族の家の子息、といったところか。) この恐れ知らずの純粋そうな童を上手く誘導すれば、ここから逃げれるかもしれない。そう考えた梦月は、ちょんと前足を出した。 「可愛い若君(わかぎみ)様、もし宜しければ、此処(ここ)何処(どこ)なのか教えて下さいませ。」 梦月が喋ると、童は目を爛々(らんらん)と輝かせた。 「喋った!お話できるの??」 梦月の質問は無視である。子供と思い通りに会話することは容易なことではない。しかし、ここから逃げるには現状この童に協力してもらうしかない梦月は、苛立ちを抑え、更に前に出た。 「そうです、私はお話できるのですよ。この三つ目を珍しがった悪い奴等(やつら)が私をこ、」 「すごい!ねぇ、お名前はなんていうの??」 人の話を聞かない童である。 梦月は思わず苦笑いした。 「…(ゆめ)の月と書いて『梦月(むげつ)』です。ここはどこですか、若君様。」 二回目で、ようやく童は「ここ?」と首を傾げた。 「ここは(あかね)の宮のお祖母様の屋敷だよ。」 茜の宮とは梦月が助けようとしている帝の一代前の帝の娘だ。梦月は即座に記憶の糸を手繰(たぐ)り寄せる。 (茜の宮…?貴族共が話しているのを聞いたことがあるぞ。確か中宮腹(ちゅうぐうばら)の第三皇女だったはず。とすると、ここは中宮の母の実家ということか…。) 「何故、若君様は此処に?」 優しく、猫撫で声で梦月は問うた。
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