事の始まり

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「あのね、茜の宮のお祖母様は僕のお祖母様でもあってね、お祖母様が僕と久しぶり会いたいって仰ったから会いに来たの。」 では、この子は茜の宮の従兄弟ということか。梦月(むげつ)はじっと(わらわ)を見て考える。 童は訊いてもいないのに更に話を続けた。 「それでね、茜の宮のお祖父様はね、如何物(いかもの)食いでね、陰陽師が珍しいものを捕まえたからって言って、さっき来てたよ。今は二人で難しいお話してる。」 如何物食いとは、常人とは異なった趣味や嗜好をもつ人のことである。珍しいものとは他の誰でもない梦月のことだろう。人間如きから好奇の眼差しを向けられるとは、梦月にとって腹立たしいことだ。 梦月はゆっくりと尻尾を振った。 「優しい若君様、どうか助けて下さいませ。私はこの狭い籠に閉じ込められています。(さら)われて知らない所に連れてこられて、怖くて堪りません。ほら、ご覧下さいませ。このように体も震えて…、私はただ家に帰りたいのです。」 こう言って、(わざ)とらしいほど小刻みに体を震わせてみせる梦月。疑うことを知らない童は非常に切なそうな顔をした。 「攫われてきたの?可哀想に…。お家に帰りたいよね。でも僕が勝手なことをしていいのか分からなくて…、」 人の話は聞かないくせに、そこは慎重なのかと梦月は内心舌打ちした。何も考えずに、さっさと札を剥がせば良いものを。 (…これは避けたかったが、致し方無し、か。) 梦月はお座りの姿勢で、可愛らしく首を傾げた。 「もし今助けて下されば、若君様がお困りになられた時、きっと私が助けにまいりましょう。…必ずです。必ず若君をお助け致します。」 これは、約束。 約束は、約束を交わした者同士を言葉で縛るもの。これを違えることは、あってはならない。 一度発した言葉は、消えはしない。 約束は、呪いである。 梦月の言葉に、童は少し目を丸くした。 「本当?僕を助けてくれるの?」 「はい、そうです。」 梦月は、ゆったりと頷く。 すると童は首を左右に振って、周囲を確認。そして表現し難い悲しげな笑みを浮かべた。 「…わかった、助けるよ。 それに僕もね、分かるの。閉じ込められている時の気持ち。僕の周りにいる(みんな)もね、僕を全然外に出してくれないの。ずーーっと屋敷の奥にいなさいって、お勉強をしてなさいって、みんな言うの。 今日みたいにお祖母様が会いたいって言ってくれないと、お外に出られないんだ。」 幼子らしからぬその表情に、梦月は少し違和感を覚えた。家から滅多に出さぬとは、深窓(しんそう)の姫でもあるまいに。それとも、この子は何か特別な立場なのか。
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