事の始まり

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しかし、今はそんな事を訊ねている暇はない。悠長にしていて陰陽師が戻ってくれば、一巻の終わりである。梦月(むげつ)はすんすんと鼻を鳴らして札を方に手を伸ばした。 「若君様、この御札をお剥がし下さい。さすれば私は、ここから出ることが出来ます。」 梦月に言われるがまま札に手をかける(わらわ)。 童がゆっくりと札を少し剥がした瞬間、結界に綻びが生じたことから梦月の妖力に籠が耐え切れなくなり、弾けるような音と共に籠が真っ二つに割れた。 「わぁあっ!!!」 勢いよく籠から吹き出た突風。その風に、童は思わず目をぎゅっと瞑る。童が次に目を開けた時、空中にうっすらと三つ目の鬼の姿が見えた。 「ひゃっ!!」 「約束は違えぬ。礼を申すぞ、童。」 こうして、梦月は無事逃げおおせたのである。 逃げた後、上空からあの童の様子をしばらく観察して梦月は仰天した。なんとあの童は春宮(とうぐう)だったのだ。また体が弱く、よく熱を出していた。 (なるほど…ただでさえ体が弱いのに、外に出て余計な物の怪にでも憑かれてしまっては(たま)ったものではないからな。あの頃の童はすぐに死ぬ。 死なれでもしたら、あの童の母の実家は(さぞ)かし困るだろう。せっかく自分達の血筋から帝を出すことが出来る筈だったのに、と。屋敷に閉じ込めておくのは、何としてもあの童を帝位につける為、と言ったところか。) 春宮、(すなわ)ち未来の帝を助けるとは、面倒な約束をしたものよ…と思いつつも約束は約束。こうして梦月はその童、もとい春宮に何か問題が起きてはいないか、毎日確認するようになった。 春宮はちょこちょこと熱を出しつつも、無事に元服(げんぷく)。元服と同時に帝位に付き、あの茜の宮が立后(りっこう)した。さらに後宮には有力貴族や皇族の娘達が次々と入内(じゅだい)し、安定した治世になるのだろうと思われていた。 しかしこの度、帝は病に倒れたのである。 梦月には、分かっていた。 それが呪いに拠るものであることを。 そして、今こそ約束を果たす時であることを。 **** 「理由は話したぞ。内裏(だいり)に入る方法を教えて欲しい。」 全てを話した梦月は、三つの目で()の鬼を見据えた。戯の鬼は爪を床に当てて、耳障りな音を立てながら口角を上げる。 「なるほどねぇ…。確かに内裏には強力な結界が結ばれている。招かれざる者は何人(なんぴと)たりとも入ることができない。…つまり。」 戯の鬼は目を細めた。 「招かれていれば良いのさ。」 戯の鬼には内裏に入る方法が見えているらしい。しかし、何のことやら分からない梦月は、酷く訝しい表情を浮かべた。
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