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「だからどうやって、」
「まぁまぁ、そう急かすな夢鬼よ。」
くくくと喉を鳴らして、梦月のことを『夢鬼』と呼んだ戯の鬼。夢鬼…それは梦月の力に拠る所の呼び名であった。梦月には、夢を操る力がある。『夢を操る』と聞いて、大したことは無い力だと思った者がいるならば、それは大間違いだ。
所詮、夢。されど夢。
当時、夢とは啓示であり、その内容は非常に重要なものであった。
例えば、夢に異性が現れた場合は、その異性が自分を恋い慕って逢いに来てくれたと解釈する。また、神仏や高位の者が現れた場合、その者からのお告げは絶対であるとされた。逆に悪夢を見た場合は物の怪の仕業だと考え、祓をしなければならない。
夢は決して無視してはならぬもの。故に、梦月の力は当時の人々からすると、大変恐ろしいものであった。
人々の心中にある触れて欲しくない部分を抉る夢、計り知れぬ恐怖を植え付ける夢、じわじわと執拗に甚振る夢、そんな悪夢を見せることは梦月にとって造作もないことだ。確かに、夢は現実ではない。しかし、悪夢は確実にその精神を疲労させ、蝕んでいく。
はたまた、極上の快楽に引き摺り落とす夢、一番幸せだった頃の微温湯のような夢、願いが叶う幸せな夢…、そんな夢を見せることで、人々の生きる気力を失わせ、夢に依存させることも出来た。夢を生きる縁とし、現実よりも夢の方が良いと思ったら最後、人々はその心地良さから逃れられない。
戯の鬼は徐ろに鏡を取り出すと、ふぅっと息を吹きかけた。
「そうら、これをご覧。」
戯の鬼がこう言って差し出してきた鏡を、三つの目で覗き込む梦月。そこには、床に伏す一人の姫が映し出されていた。高熱を出しているのか、汗で額髪が青白い顔に張り付いている。
「なんだこれは。」
梦月が第三の目だけぎょろりと戯の鬼の方に向けると、戯の鬼は袿の袖を口元に寄せて嫌らしく笑った。
「見て分からないのかえ?この姫は内大臣家の一人娘さ。」
内大臣家の一人娘がなぜこの話に関わってくるのか分からず、梦月は依然として訝しい表情のままだ。その様子を見て、戯の鬼はますます嬉しそうな顔をした。
「鈍い奴だねぇ。この姫は入内を控えているのさ。だがしかし、この女は病で死ぬ。それが天命だからだ。」
入内とは、帝の妃になる為に内裏に入ることである。つまり、この姫は内裏に“招かれている”状態に当たるのだ。
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