第八章 月膳にて

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第八章 月膳にて

「うちに入店して1ヶ月、よく頑張ったな。」 ビールで乾杯しながら亀井店長が言う。 美容室から地下鉄で数駅離れたところにあるその店は 月膳といった。 華やかな亀井店長のイメージとかけ離れた シックな店構えだが、 出てくるものがとにかく美味しくて、アキヒトは ガツガツと品の無い食べ方をしてしまい ふと気付いて恥ずかしくなる。 「あまりにも旨くて、すみません。」 アキヒトが謝ると、亀井店長が嬉しそうな顔で笑った。 「な、旨いやろ?」 「はい、こんな旨い料理は初めてです。」 お世辞じゃなく褒めると、 「だよな!アッキー、お前は見どころがある!」 と背中を勢いよく叩かれ、アキヒトはむせた。 ちらりとハルカさんを見ると、おかしそうにしている。 「?」 そうこうしていると、大将がびっくりしたような顔で 追加分の料理を運んできた。 「スゴイ食べっぷりやな。気持ちええわ。」 感心する大将をアキヒトが見上げる。 どこかで見たような顔だった。 小料理屋の大将にしては、中性的で線が細い。 まるで子猫のような瞳の綺麗な顔。 「あ、佐藤様!!」 いつもと着ているものが違うから気付かなかったが、 よく見たら、以前亀井店長の恋人だと紹介され、 シャンプーから仕上げまでをアシスタントには一切触らせずに 亀井店長が全て一人で仕上げるという溺愛ぶりで有名な 店長の恋人の、佐藤さんだった。 佐藤さんが恋人になるまでは、 店長は特定の男を作らずにいたらしいのだが 大本命だった高校の同級生が結婚したのを機に、 知り合った佐藤さんと恋に落ちたらしい。 それ以来店長は佐藤さん一筋なんだそうだ。 色々言う人もいるが、アキヒトは オープンゲイである亀井店長をすごい人だと思っていた。 “自分が同じ立場なら、堂々と表に出せるのだろうか?” まあどちらにせよノーマルな自分には 関係ない話だよなとハルカさんを見ながら考える。 「冷めるぞ、食え。」 亀井先生に竜田揚げを勧められ 一口食べたとたん、あまりの旨さに気絶しそうだ。 「旨い!旨すぎる!」 がっつくように食べるアキヒトをハルカが優しく見つめた。 「若いなぁ。」 「ハルカさんもまだ若いじゃないですか。」 「まだ、は余計や。何か引っ掛かるな。」 拗ねたように言う彼女が可愛くて アキヒトの胸がキュンとなった。
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