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北棟4階にある図書館はかなり広い。
広々とした空間に恐らく1クラス分の人数は余裕で着席できそうな数の長テーブルに勉強用の個人机。それが若干狭く見えてしまう位に本棚がこれでもかとひしめきあい、遠くに小さく貸し出しカウンターが見える。カウンターの後方にはガラス張りの部屋があり、そこは関係者しか入れない場所だろうと容易に想像がつく。左側の壁には図書館らしく掲示板があり、図書館らしくおすすめの新書だの返却期限だのが張り出されている。入り口から見て右側の壁際には階段もあり、5階部分にも図書館があるらしく。ここの蔵書数が途方もない事が見て取れる。
これが、大学が運営する図書館でも自治体が運営する公立図書館でもなく。校内に僅か数名しかいない図書委員、高校生が運営する、一私立高校の図書館なのだからどこかうすら寒くぞっとする。うちの委員会体制は本当にブラックだよな…とセンは長テーブルの席で天井を見上げながら、自身が所属する清生委員の実態も含めて内心溜息をついた。
「お待たせしました」
「おぉ…」
彼は筆記用具と木製の平べったい箱を手にセンの正面に座って。
「えっと…改めまして。図書委員会1年C組の、藤原和泉です」
「2年D組、キノだよ。キノ、セン」
「…キノ、先輩」
「うん」
「じゃあ、ちょっと…失礼します」
和泉はそう言って、センが持っていた本を手に取り。パラパラとページを捲り始めた。
(……漢字、聞いてこなかったな)
名前の様な名字に、名字の様な名前。音だけ聞けば結構珍しいセンのフルネームに、和泉は特に何も言わなかった。和泉が受けた自分の第一印象がヤンキーなのだから、どうせ聞いたら殺されると思っているのだろう。逆に漢字だけ見ても絶対に読み方を間違われるのだが…。
(草木の木に野原の野って書いてたらぶん殴ろう)
「確かにうちの蔵書ですね。どこにありました?」
「教室。私の席」
「…具体的に良いッスか?何列目のどことか」
「窓際から2列目。前から4番目」
和泉はノートに何やら書きながら「先輩のクラスは2年D組で校舎の東側。窓は西向きだから、発生地点は」などと呟いている。時折何か気になるのかペンの動きが止まり、視線がちらちらと下からセンの首回りに突き刺さる。
「何?」
「ぁ、いえ…何も」
「ないわけねぇだろ。そうやってじろじろ見られてたら胸糞悪いぞ」
「……すいません…」
「で。何?」
「えっと…その…キノ先輩、この本の中、ご覧になりましたか?」
「………」
本の中とは、いったいどこまでの事を指しているんだ?
「…最初の数ページだけ、ちらっとね」
「はい…」
「挿絵がグロくてすぐやめたけど」
「ははは…ですよね…」
何度だって言ってやろう。
他人に大丈夫だと言われたことに限って、本当に大丈夫だった例なんて一度もない。
「…最初だけだったら…特に問題ないか」
「ん?」
「いえ、何も。こちらの話です」
「あっそ…」
和泉は本を平べったい箱の中に入れて。
「ご返却いただき、ありがとうございました。こちらで回収しましたので、あとはお任せください」
「あ、おぉ…」
「下校時刻過ぎちゃいましたね。入り口まで送ります」
「いや、良いよ。うん。じゃあ、あとはよろしく」
思ったほど聞かれなかった気がした。もっと根掘り葉掘り聞いてくるのかと身構えていたセンは若干拍子抜けしながらも、鞄を手に席を立ち。図書館を出て行こうと歩き出した。
和泉もまた、箱を手に席を立って。センとは逆方向。カウンターに向かって歩き出す。
誰かに呼ばれた気がした。
「あん?」
「何?」
振り返れば、恐らくセンと同時に振り返った和泉と目が合って。
意味もなく目が合った気まずさにふいと絡まった視線がほどけた。
「……えっと、その、」
「あぁ、えっと…ごめん。なんか、空耳、かな?」
「あ、はい…あの…そ、そうみたいですね…あははは…」
「えっと…じゃあ。お疲れ」
「お疲れ様でした」
互いに笑ってごまかしながら、その場を立ち去った。
せん
せん
どこだ
せん
おれはここにいる
せん
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