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その日の授業は全て終わったのだが、私は放課後に学生会の会議があり、空き時間をどう過ごすかで頭を抱えていた。いや、勿論学生なのだから勉強するのがどう考えても正解なのだが、これで素直に勉強するほど私も純粋ではない。イヤホンで音楽を聴きながら、学生食堂の空いた席で私はぼんやりとしていた。食堂のカウンターは既にシャッターが閉まっており、空いた席には何人か人がいたが、やはり昼とは違い、閑散と寂しい雰囲気だった。
「……ん?」
私は、いつの間にか閉じていた目を開いた。どうやら眠ってしまったようだ。
しまった。咄嗟に私はそう呟いた。周りには誰の姿も見当たらない。一番に頭を過ぎったのは会議の事だった。まだ一年生の分際で、遅刻なんてとんでもない。私は慌ててスマートフォンを取り出した。
「……はぁ?」
思わず、素っ頓狂な声を上げた。スマートフォンの時刻表示には、「二時四十八分」と出ているのだ。初めは「十四時四十八分」の間違いだと思った。しかし、私のスマートフォンは二十四時間の設定で時刻表示をしている筈なので、この表示は本当に、午前二時四十八分を示している事になる。
馬鹿な、と思ったが、その考えは一瞬にして打ち壊された。
ガラス張りの学生食堂。外は、真っ暗闇に包まれていた。
本当に、午前二時……いや、もう三時になろうとしている?
その瞬間、私の脳裏に過ぎるもの。
――あの、鏡の噂。
気が付くと、私は階段を上り、あのトイレの前に立っていた。こんな時間だというのに、トイレの明かりは点いている。
すると突然、私の顔から笑みが零れた。
馬鹿馬鹿しい、どうして私は試そうとしているのだ。あんな根も葉もない噂を。確かに私は心霊好きだが、別にその真意を確かめようとするほどのマニアではない。へえ、怖いねえ、その程度楽しめればそれで満足だっただろう?
ところが、考えとは裏腹に、私はずんずんとトイレの中へ歩みを進める。そうして遂に、あの鏡の前に立ったのだ。
ずうっと向こうまで無限に鏡が続いている。私の姿が、何処までも何処までも重なって見える。
私はごくりと唾を飲み込んだ。いつもはあまり見ないようにしていた。何もないしても、やっぱり不気味である。しかし今は、鏡から全く目が離せなくなっていた。凝視すればするほど、その中の世界に吸い込まれそうな気がした。
私はポケットに手を入れた。自分の体温で温かい筈のポケットの中に、ひんやりした固い物。私はそれを握って、すっと取り出した。それは勿論――赤い口紅。
検証しようとしていた。最初から決めていたのだ。K林さんからこの噂を聞いた、あの瞬間から。
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