日曜日の幸せ.1

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日曜日の幸せ.1

日曜日。それは大半の人間が休息を許される日。 ある者は家の中で一日を終えるだろう。ある者は友人と他愛もない時間を過ごすだろう。 しかし私は、日乃彩香はそのどちらにも当てはまらない。私の日曜日は、 「今週もいらっしゃいませ、日乃さん。」 「こんにちは、ミケさん。」 午後からこの私より身長が高く、喋れる二足歩行の三毛猫こと『ミケ』さんの営む喫茶店に立ち寄るためにある。 喫茶店『3時の昼寝』は私の住むマンションから歩いて少しの場所にある。 ・・・と言っても街の中ではなく森の中なのだが。 特徴を挙げるならば椅子とテーブルは全て木製で、そして店名にもある通り3時で止まった古時計とハンモックが置いてある。さらに店主が現在鼻歌を歌いながら水をコップに注いでいる、ヒトの言葉を喋り、ヒトの手足を持つ三毛猫のミケさんだ。 「今日は何を頼まれますか?」 まだ椅子に座ってもないのに注文を聞いてくるミケさん。 そそくさとカウンター席に座り、彼に注文を伝える。 「ホットケーキをお願い。二段重ねにしてね。」 「かしこまりました。おっと、その前にお水をどうぞ。」 私の前に先ほど水を注ぎ終わったコップを置く。 「ありがとうミケさん。今日は他のお客さんは居ないの?」 「仲間は集会に行ってるのですよ。何でも群れの中で新しい夫婦ができるらしいですよ。」 「へ~めでたいじゃない!」 「数少ない夫婦ですからね、長も大喜びでしたよ。」 にこやかにミケさんは語る。尻尾もピンと立っていてとても嬉しそうだ。 「ミケさんは結婚しないの?」 「私は結婚の予定はありませんよ。結婚するという事は、私がここの店主を辞めるという事ですからね。」 「育てながら経営はできないの?」 生地を混ぜながらミケさんは答える。 「できませんよ。ずっと付きっきりで育てないといけませんから。野良ならなおの事離れるわけには行きません。まあ私の場合体の問題もあるのですよ。」 そうだ、彼は普通の三毛猫ではない。ヒトのように会話ができ、ヒトの足で二足歩行で行動する猫だ。なぜそうなったのか、それは彼すらも知らないらしい。 「この体になって、仲間の中に居るメスと夫婦になる事はできなくなりました。体の構造が人間のソレになりましたからね。」 「・・・ごめんねミケさん、辛いこと聞いて。」 少し、寂しい気持ちになった。それに同調するようにミケさんの尻尾もだらんと下がる。 だがすぐに彼は混ぜ終わった生地をフライパンで焼き始める。同時に尻尾をピンと真っすぐ立てる。無意識かもしれないが、私には「気にしないで」と言われているように感じた。 「そう悲しそうな顔をしないで下さいよ日乃さん。私は今の生活にも、そしてこの体にも満足しているのですよ。この体じゃないとこうやってホットケーキを焼く事も、仲間の毛の手入れもできませんからね。」 こちらに笑顔を向けると、丁度焼き上がったのだろうか。一枚目のホットケーキをフライパンから皿に盛りつける。 「聞き忘れてましたがトッピングはどうされますか?」 「ハチミツ!ミケさんのホットケーキはハチミツがとても合うからね!」 同僚や後輩にはとても見せたくないような、幼い表情になった事は自覚がある。だがアラサーでもそんな表情になるほどミケさんのハチミツがけホットケーキは絶品なのだ。 ・・・一度落ち着け私。そう思い水をグイッと一気に飲む。 そして二枚目が焼き上がったらしく、フライ返しを使って器用に先ほど盛りつけたホットケーキの上に乗せる。そして尻尾で冷蔵庫の扉を開け、ハチミツ入りの瓶と焦げ茶色の瓶を取り出す。 そして、まだホカホカの二段重ねホットケーキと二つの瓶が私の前に並べられた。 「どうぞ、ご注文のホットケーキとハチミツです。」 ああ、香りだけで幸せな気持ちになる。温かさと甘さが混ざったような香りが疲れを根本から崩す。 「では、いただきます!」 「どうぞ、召し上がってください。」 まずは何もかけずに一口分切り取り、口に運ぶ。羽毛布団のようなフワフワ感とほのかな甘みが口の中から伝わり、脳を幸せで満たす。だがこの感覚をいつも声に出す事ができず、決まってこう言ってしまう。 「とっても美味しい!」 「そんなに喜んでもらえるとこちらまで嬉しくなりますね。」 顔は少し笑顔を浮かべるだけだが、シッポを縦に何回もピンッと伸ばし、耳はピコピコとせわしなく動いている。彼は昔から自分の手料理を褒められる事に弱いらしく、美味しいと言うたびに尻尾と耳で喜びを表現している。 さて、次はハチミツをかけよう。瓶のフタをあけ、スプーンでハチミツをすくい取る。そしてすくい取ったハチミツを一口分切り取ったホットケーキの上にかける。ハチミツの香りが脳を満たし、さらに幸せになる。 さあ食べよう。そう思いまた一口。 「ん~~~~~~~~!最っ高!」 「そこまで褒められると少々照れますね。」 表情はほぼ変わらないが、耳と尻尾がさっきより激しくリアクションをとっている。 本当に最高なのだ。ふわふわのホットケーキ、ハチミツの甘い香り、そして甘すぎないちょうど良い味。幸せだ。とてもとても幸せだ。脳も心もさっきよりも上質な幸せが満たしている。最高だ。体が内側から溶けそうなくらい幸せだ。 「日乃さん、次はこちらも試してみてください。」 「へ?」 思わず間の抜けた声で返事してしまう。そしてミケさんは茶色の瓶をコンコンと爪で叩く。 「ミケさん、この瓶の中身って?」 「使ってからのお楽しみです。味は保証しますよ。」 こんな言い方をするミケさんは初めてだ。よっぽど自信があるのだろうか、フフンと鼻を鳴らしている。 まず瓶のフタを開ける。香ばしさが鼻孔を満たす。 中身をスプーンでひとすくい。そしてまた一口分切り出したホットケーキの上にかける。少し懐かしい香りだ、子供の頃にこんな香りのお菓子を食べた気がする。 さあ、食べよう。そう思い口に運ぶ。ミケさんのホットケーキとよく合った幸せな、そして懐かしい甘さが脳を満たす。初めて食べる組み合わせのはずなのに、ずっと昔から食べてきたような懐かしい味なのだ。もしかしてこの茶色いソースって・・・ 「ミケさん、もしかしてキャラメルソース?」 「正解です日乃さん。私特製のキャラメルソースですよ。」 ああ、だから懐かしさを感じたんだ。昔よく食べてたなぁ、おやつの時間に公園で友達と一緒に一箱食べるのが毎日の楽しみだったっけ。 「日乃さん?眠くなりました?」 「・・・あっごめんミケさん!美味しすぎてついボーッとしちゃって。」 「ふふふ、そこまで言ってくれると作り甲斐がありますね。」 再び尻尾を何回もピンッと立てて喜びを表現している。耳も全力でピコピコと動いている。 変わらず褒めに弱いミケさんのリアクションを楽しみつつ、四口目をどう食べようかと考える。いつものハチミツを使うか、それともキャラメルソースか、もしくはそのまま食べるか・・・ そんな事をうーんうーんと考えていると、だんだんと眠くなって来た。まぶたがどうしようもないくらい重い。 「もうそろそろ休みますか?幸い、今日は誰も居ませんよ。」 「誰かが居ても気にしないんだけどね・・・。」 ここに来る客は私と猫だけなのだから、そんなに気にする事は無いのに・・・。前に一度他の客、つまりミケさんの友人と一緒に眠った時はとても良かったなぁ。小さな、暖かい抱き枕がお腹の近くにあるだなんて。顔をテシテシと叩かれたのは予想外だったが。 「ミケさん、ハンモック借りるね~・・・」 「どうぞ、気が済むまで休んでくださいね。」 ハンモックの上に寝転がった瞬間に、眠気がさらに強くなる。おやすみとミケさんに言おうとしたが、口を開こうとする前に眠ってしまった。
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