第三話

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第三話

 学食に行ってみたい。全員が弁当持ちだから、まだ学食を覗いたことがなかった。お気に入りの、まだ新しい、自分たちの居場所である教室でしか昼食を摂っていなかった。  みんなで弁当を持たずに登校したある日、授業の合間の度になずなが目を輝かせて頻りに楽しみだと連呼している。  初めてのわくわくする学食へ大好きな香夜子と、そして亜樹也と寛太、みんなで一緒に行く。  それだけでなずなは嬉しくて仕方ない。  なずなは楽しみ過ぎて、全員が自分と同じ気持ちであると思い込んでいる。賑やかななずなを微笑ましく見守る香夜子の胸の内も、亜樹也や寛太も、なずなが感じているわくわくとした高揚感でいっぱいだったから、なずなの思い込みは間違いではい。  みんなして手に取るようにわかりやすいから、殊更なずなはご機嫌だ。  お昼休み入った瞬間、なずながお財布を握りしめて勢いよく立ち上がった。幾ら楽しみでも全員が呆れた。 「なずなさ、腹が減ってるのと楽しみなのどっち?」  寛太がそう尋ねると、なずなは「どっちも!」とはしゃいだ表情を浮かべている。 「早く行こう! 学食って混みそう! 売り切れちゃう!」  なずなに急かされて、茶々を入れながらも揃って教室を後にした。 「キノちゃん、早くー」  楽しそうに香夜子の手を取ると、なずなが踊るような早足で廊下を歩き出す。苦笑いを浮かべた香夜子は慌てたような足取りだ。 「よくわからないけど、置いていかれたね」 「うん、よくわからない」  亜樹也に寛太はそう返した後で言った。 「てかさ、アレがよくわかる時の方が怖いよ」  なるほど、と亜樹也は思った。  なずなはわかりやすいようでとても複雑だと思う。そうでなければ変わり者のレッテルなど貼られないだろう。亜樹也はそこがが面白い。香夜子といい、なずなといい、もちろん寛太も。みんなそれぞれの個性が強くて見ていても接していてもとても楽しい。  クラスのみんなや級長会のみんなもやたらと個性的で興味深いのは、きっとこの高校の校風のせいだ。毎日がわくわくで溢れるこの学校にして良かったと亜樹也は思う。  寛太は去っていくなずなと香夜子を見送りながら、微笑みを浮かべていた。  見つめていたのは香夜子の背中。  ひっくるめてしまえば、自分たちは随分賑やかだと思う。そこに香夜子が居ることで、朗らかな賑やかさが生まれているように寛太は思う。香夜子は穏やかな陽の日差しのような感覚をくれる。  なんとも穏やかな表情で廊下の先を見つめている寛太に気付いた亜樹也は、ぽんと寛太を背中を叩くと歩きだした。
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