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第六話
「キノちゃん、大変じゃない?」
委員会室で帰り支度をしながら、小波が香夜子に聞いた。
「入学早々から忙しいでしょ。疲れてないかなあと思って」
半ば無理やりに和夫が書記に任命した香夜子は、いつも楽しそうに級長会の仕事を行なっているけれど、楽しいからって疲れないわけじゃない。
「大丈夫です。楽しくって」
そう言って笑った香夜子は疲れたと思ったことが今のところない。みんなが疲れないようにしてくれているのだとわかる。
「なら良いけどさ。キノちゃん、楽しいと疲れないは別物だからね」
日向が念を押してみたら、香夜子が「ありがとうございます」と嬉しそうにした。
「和夫ってば結構強引だから、無理な時は無理って言って大丈夫」
と小波は言ってみたけれど、和夫は絶対に無理を押し付けないことは知っている。
「小波、ひどい。おれがいつもみんなに無理なことばっかり押し付けてるみたいじゃん、それ」
「大丈夫ですよ、アリ先輩。結構強引と無理強いは全然違いますー」
美紅がそう言うと、和夫は渋い顔をした。
真剣に賑やかに級長会の仕事をしていく、その賑やかさが疲れないを作り出してくれる。和夫の気遣いのおかげだとみんな知っている。
「あの、わたし。アリ先輩にも、皆さんにも感謝してるんです」
香夜子が照れくさそうに言うと、みんながきょとんとした。
最初に和夫が笑い出して、「ありがとう」と嬉しそうに香夜子の頭をぽんぽんと撫でた。すると、なんとも嬉しそうな表情で香夜子は和夫のみを見つめた。
微笑ましいなあと思いながら、しみじみと美紅が言った。
「キノちゃんはさ、とっても素直だよねー」
香夜子の一言が生み出した、擽ったいけれど心地好い空気が委員会室に溢れる。
「キノちゃんはね、時々人と話すの苦手そうにしているけど、そんな風に思っていることを伝えられるって素敵なことだよ。知ってた? みんなが嬉しくなる言葉をいっぱい持ってるって」
小波が香夜子にそう言うと、うんうんと頷いた美紅が和夫を押しのけてきゃっきゃと香夜子を捕まえ抱きしめた。そうして耳元でこそっと囁いた。
「誰かさんにももっと素直な気持ち教えてあげてもいいと思うなー」
美紅と香夜子の戯れ合う姿を見ていた日向は呆れた。香夜子の顔が少し紅い。美紅が余計なことを言ったに違いないけれど、背中を少し押してあげるだけで香夜子の心はとんと軽くなって身軽になれることは周知である。
小波がくすくす笑い、とことん鈍い和夫は首を傾げた。
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