第六話

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 駅へ向かう帰り道、和夫には香夜子の様子が随分とおかしく見えた。  俯き加減に、言葉もいつもより少ない。上の空というわけではなさそうではある。  思い当たるのは一つ。委員会室を出る前の美紅に違いない。一体なにを香夜子に吹き込んでくれたものかと和夫は香夜子に見つからないように少しだけ顔を顰めた。 「あー、香夜ちゃんさ。美紅になにか変なこと言われたの?」  こういう時は直球に限る。どうしたって行き着くところがそこしかないのだ。  香夜子は俯いていた顔を更に俯かせて足を止めた。地面とご対面している。  そうして、和夫の制服の裾をきゅっと握った。  和夫が無意識に香夜子を撫でるように、香夜子も香夜子で無意識に和夫の制服を握ることが多々ある。その度に和夫が思うのは、置いていかないでと言われているようだというもの。置いていくつもりなどない。大好きな香夜子の足並みにいつだって合わせる和夫が香夜子を置き去りにすることなど絶対にない。 「先輩……」  蚊の鳴くような声で香夜子が言った。  どうしたら和夫のようにあっけらかんとした勇気を持って過ごせるのだろう。どうして、和夫は自分なんかを好きだと言ってくれたのだろう。どうしていつも、あんなに温かい手で頭を撫でてくれるのだろう。  美紅の言った素直という言葉が、どうしてか香夜子を今、混乱させていた。  香夜子は今にも泣いてしまいそうだった。目元に涙が溜まったいくのがわかった。  泣いてしまうのも、素直な感覚なのだろうか。素直に在るなら、言葉が欲しいと香夜子は思っていた。言葉で何かを伝える勇気が欲しい。 「香夜ちゃん。別にうまく話せなくてもいいよ。なにかあったならおれに教えて? いつでも助けてあげるから」  そうして和夫は勇気を出して香夜子の手を握った。その温かみに香夜子は戸惑わなかった。和夫の自然体を毎日のように目の当たりにしている。だからそれは驚きよりも安堵をもたらした。だから少し勇気が出て、和夫の顔を見上げた。  見上げたら合わさった目を香夜子は潤んだ目のままでじいっと見つめてから、自分がなにを言いたいのかを考えた。和夫の優しい目を見つめていたら、言葉が見つかりそうな気がした。 「……もっと素直な自分でいるのに、必要な勇気がわからないんです」  香夜子がそう言うと、和夫から返ってきた答えは香夜子の虚を突くものだった。 「別にいいんじゃない?」  その返答に香夜子は困ってしまった。困ってしまったけれど、目元に溜まりかけていた涙は引っ込んでくれたから不思議だ。
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