冒頭

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「俺、絵を描いてみようと思うねん」 「へぇ…なんで?」 俺は串カツ屋で、ビールとどて焼きとチョリソーを頼んだ。 「住みやすくなるねん」 「どこが?タンザニアとかニューカレドニアとか?」 「俺が絵を描いても、タンザニアにはなんの影響もないと思うで。ニューカレドニアも」 「じゃあどこ?」 彼女はハイボールを頼んだ。角ハイボールだ。 「日本やん。日本って住みにくない?」 「ええ?別に?こんなもんちゃう。だいたいウチ日本語しか喋られへんもん。タンザニア語で口説かれても、ウチ理解でけへんやん」 「タンザニアはたぶんやけど、タンザニア語じゃないと思うで」 彼女はタバコに火をつけた。しっかりと煙を吸い、俺に煙がかからないようにむこうむいて、煙をゆっくりと吐き出した。 「じゃあ、何語で口説いてくるの」 「口説かれる前提なん?」 「キャハハハ…」 彼女はけたたましく笑い声を響かせた。なんかおもろいこと言うたかな。 「日本をもっと、こうなんちゅうかな。話し合いが円滑に進むように、絵とか詩とかかくねん」 「ウハハ。まあ絵やったら、言葉がなくても口説けるから、便利といえば便利や。マンガみたいにしたらええねんな」 俺はビールのお代わりをした。アスパラベーコンともも肉を頼んだ。 「ミミは草枕って知ってる?」 「誰それ?蝉丸みたいなやつ?坊主めくりは子供の頃、親戚の集まりでやったことあるで」 俺はミミの話をもう聞いていなかった。タンザニアが何語なのか、気になってそれどころではなかった。 「昔の小説やねん。明治ぐらいの」 「で誰が何語で口説いてるの?」 彼女は店員さんを呼んだ。店員さんはスキンヘッドで怖そうな顔をしていた。彼女はウーロンハイを頼んだ。 「日本語の小説やねん。ちょっと読んでみたんやけどな、だれも口説いてる様子はなかった」 「口説けへんのやったら、もうええわ。そんなん仲良くなられへんやん。住みやすくしたいんやったら、絵とか描かんとまず、目の前の女を口説けって、言うといて」 「誰に言うの?」 「草枕って言う人」 彼女はまた大きくタバコを吸った。今度はむこうを向かずに、上に向かって煙を吐き出した。
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