冒頭

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俺と恵美はどんぶり屋で、お昼ご飯を食べていた。俺はカツ丼、彼女は鉄火丼だった。 「恵美ちゃん、今、順調?」 「どういった意味でですか」 店内はあまり空調が効いておらず、少し暑苦しかった。 「毎日生きてて、充実してる?」 「はあ、それなりに…」 白い陶器に入った、ほうじ茶がテーブルに二つ並んでいる。最初は熱々だったが、もう冷めてしまった。 「俺今、草枕読んでるねん。恵美ちゃん、読んだことある?」 「たぶん、中学生ぐらいの時に…」 「えらい早熟やな。住みにくいって思ってたん?」 「いいえ、夏目漱石全集が家にあったから。ちょっと、暇つぶしに読んでみようかなって思って…」 暇つぶしに、草枕かあ…。世界が違う。 「どう思った?」 「そうですねえ。読んだときはその当時の時代背景もわかってなかったですし、東洋と西洋の芸術論だけで割り切って、考えるのは、ちょっと極論なのかなと、思いました」 「えっ、なんて?ちょっと今の話、ついて行かれへんかった」 「いや、だからその明治の西洋文化を積極的に取りれることによっての時代変化がもたらす、庶民および文化人のストレスになってることをふまえて、東洋と西洋の芸術論を展開したんだと思われるんですけど、日露戦争もありましたし国粋主義的なムードも、夏目漱石先生を後押ししたんじゃないかと思います」 全然わかれへん。困ったな。 「鉄火丼うまい?」 「値段相応ですね。680円の味です。しょうがないですよ。ミシュラン一つ星じゃないですから」 「そうやんな。680円ぽっちじゃあ、うまい鉄火丼なんか食べられへんわな」 「あんまり大きい声で、そんなこと言ったらダメですよ」 ああ…。やってもうた。彼女は一口だけほうじ茶を飲んで、背筋を伸ばした。
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