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「ナミちゃん、大丈夫?」
彼女はかすかに頷いた。よく見てなければ、見逃すところだった。
「俺いま、『草枕』読んでるねん。知ってる?」
「うん…」
小さい。声が。ほとんど聞き取れない。
「いま、住みやすい世の中かな?」
ナミちゃんは首を小刻みに横に振った。ずっと振り続けていたので、俺はあわてた。
俺たちは回転すしのカウンターに並んで座っていた。
「うん、うん、住みにくいなあ。ほんま。もう、首振らんでもええで。何、食べる?」
「たまご…」
「そうやなあ、たまご美味しいなあ。自分でお皿取れるかなあ」
彼女はまた少しだけ頷いた。ゆっくりと右手を伸ばす。ブルブルと震えていた。
「どうしたん?」
「失敗したら…どうしよう…」
「そうやな。取られへんかったら、嫌やもんな。お皿、回転してるもんな。けっこう早いしな。俺がとってもええかな?」
彼女が伸ばした腕をゆっくり戻した。
「うん…」
俺は彼女の分のたまごの皿と自分のうなぎの皿を取った。
「うなぎ…」
「うん、これは俺が食べるから。大丈夫?ナミちゃんもうなぎ食べる?」
今度はゆっくりと首を傾けた。
「うん。また今度、来た時に考えようか。うなぎはいつでも回ってるし」
また少し頷く。
「どんなところが住みにくいと思う?」
「お金がいる…」
「そうやんなあ。お金なかったら、家賃も払われへんし、ガス、水道も止められるし、ご飯も食べられへんし、なんもでけんなあ。今日はおれがおごるから、好きなもん、好きなだけ食べてや」
「うん…甘エビ…二つ…」
おれはタッチパネルで甘エビを二つ注文した。
「甘エビ好きなん?美味しいもんなあ」
彼女はまた首を斜めに傾け、右上を向いた。
「そうでもないかな。甘エビ。ボタンエビもあるで」
「わさび…」
「ああ、忘れとった。ここはあとでわさびつけるやつやから。わさび取らんとあかんねんな。ごめんな気がきかんで。おれはほんま、自分のことしか考えてないから、もっと気配りできる大人にならんとあかんな」
おれはレーンに流れている小袋に入ったワサビを二つとって彼女に一つ渡した。
彼女はその小袋のワサビをじっと見つめて、固まってしまった。
「どうしたん?いらんかった?」
「ワサビ…うまく開けられへんかったら…」
「ああ、そうやんな。はみ出たりして、テーブルに落ちたらあれやからな。おれが開けるべきやったな。ほんまおれは気が利かへんわ。ごめん、ごめん」
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