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由美の家
玄関先で靴を揃えて、室内に入る。
「お母さんが退院するまでよろしくお願いします」
頭を下げたその瞬間。
私の目から大粒の涙がこぼれて、止まらなくなった。
ーー泣いてる?夕夏の肩が震えている。
「夕夏、大丈夫?」
不安で一杯なのが、手に取るようにわかった。
数年前、母である香織が倒れた時の気持ちが今の夕夏に重なる。
もう二度とあんな事は繰り返してほしくはない。しかし、どこでどうなるのか?わからないのが人間なんだろう。
ワンッ。
尻尾を降りながら、犬がかけてくる。
ワンッワンワンッ。
柴犬だ。
私のところにきて、離れてまた来る。
「可愛いね」
私がその犬の名前を聞くと、由美が言った。
「夕夏のお母さんを助けてくれたワンちゃんだから、名前はまだないよ。夕夏が決めて」
まだ名前のない犬の登場で、一瞬にして私の涙は笑顔に変わった。
「それじゃーね、、うーん。どーしよ?」
いきなりすぎて、名前が思い浮かばない。
お母さんを助けてくれた賢い犬だから、名前もちゃんと決めたいし。
「どんな名前がいいと思う?」
由美に聞いた。
「うーん?」
思い浮かばないようで、由美も難しい顔をしている。
「ゆっくり決めよっか」
しばらくは名前のないワンちゃんのままーー。
私にばかりじゃれついている。
「ーーこの子、うちで飼いたいなぁ」
呟くように言うと、由美が言った。
「飼っちゃダメなとこなの?」
「ううん。下の階に住んでる人は飼ってるから大丈夫なんだと思うんだけど、、」
「じゃ何でダメなの?」
「お母さんがダメってだけ言うのーー動物キライなのかも?」
「それじゃ納得行かないね」
「うん」
「それじゃ聞いてみようよ」
「それが聞きにくくて、なかなか聞けないのーー」
由美との距離が急速に近づき、親密になったように思えた。
母はなぜ、犬を飼うことを許してくれないのだろうか?
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