Ep.101 ヒロイン敗北

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Ep.101 ヒロイン敗北

「どうしてよ……!」  突然、光の射さない暗い林から声がした。  よろつきながらそこから現れた人の姿に、和やかだった空気が一瞬で張り詰める。 「どうしてあんたがライト様に求婚されてるのよ……!」  恨みがましくそう呟くマリンちゃんの服はボロボロで、腕には魔力で焼き切った形跡のある縄が絡み付き、麻縄の痕がアザになっている。満身創痍。そんな言葉がぴったりのその姿を見ても、誰も同情を見せない。 「マリン・クロスフィードか。十六夜の塔から浄化の雨が注いだ後衛兵に捕らえられたと聞いていたが、どうやら逃げ出してきたらしいな」 「悪人ほどしぶといと言うのは本当だね、いい加減にしてくれないかな」  険しい表情になったライトとフライが私の前に立ち腰の剣に手をかける。その二人の手を、そっと阻んだ。 「フローラ……っ」 「大丈夫、……もう負けたりしないから」  不安げな顔になる皆に向かって微笑む私。その右手に光る聖霊女王(タイターニア)の指輪を見たマリンちゃんがワナワナと肩を震わせる。 「何であんたがそれをはめてるのよ、悪役の分際で生意気な……うっ!」  声を荒げようとしたマリンちゃんがよろけた。既に身体はボロボロだし、指輪を暴走させたあの時点で魔力も使い果たしてしまったんだろう。きっと、立っているのも辛いに違いない。その証拠に、頭を抱えた彼女はこちらをにらみながらも地面にしゃがみこんだ。 「……“悪役”も“ヒロイン”も無い。ここはセーブもロードも利かない、誰に取っても一度きりの人生がある現実よ。貴女がわがままのままに奪って良い物なんて、何一つ無いの。それがまだ、わからないの?」 「姫様!その娘に近づいては危険です!」 「いいの、大丈夫よ」  静かに苦言を呈しながら頭痛に苦しむ彼女の額に癒しの魔力を注ぐと、フワッと金色の粒子が舞いマリンちゃんの服が再生する。皆が背後で息を呑むのが聞こえた。  そして、他ならぬ今私に癒されたマリンちゃんの愛らしい顔が、ゾッとする程醜く怨嗟に歪む。 「聖霊に認められた、癒しの力……!指輪だけじゃなく、ヒロインの特権である治癒術まで……!?ふざけんじゃないわよ!今すぐその指輪を返せ!」 「残念だけれど、一度持ち主と認められたらもう外れないそうだからそれは無理ね」 「だったらその指切り落としてでも外しなさいよ!」  逃亡されちゃ敵わないので頭痛と服しか治していないのに、マリンちゃんがぎゃんぎゃんと甲高い声で捲し立てる。自分が指輪が欲しい為に他人に『指を切り落とせ』なんて言えてしまうその傲慢さに、言い様のない悲しい気持ちが沸き上がる。  どうしてこの子は、あの日から何一つ変わってないんだろう。 「……貴女はどうしてそこまで、他人から大切な物を奪いたがるの?」 「は?あんたが私から奪ったんでしょ!?ライト様との出会いも、フライ様とフェザー様の勉強会イベントもクォーツ様の攻略に必須な彼の妹の姉的ポジションもイケメンに囲まれた学園生活も、聖霊の巫女の力も全部!!なんて悪どい女なの……っ、私の幸せ返してよ!返せ、返せ!返せ!!」  浴びせられる罵声にぐっと拳を握り締めた。 「返せって言うなら、貴女も返してくれないかしら?」 「はぁ?」  自分でも驚く位、冷たい声音だった。存外怒っていたらしい。もう抑える気もなく、沸き上がる怒りをそのままぶつけた。 「ふんっ、私があんたなんかから何を奪ったって言うのよ」 「……覚えていない?マリンさん。もう、十三年も前の話になるかしら。貴女は私の目の前で、ブランの事を殺そうとした」  後ろの皆があ然となり、一度間を置いてからマリンちゃんが黙り込む。でも、恐らく、今の私の言葉の意味を、正しく理解出来るのは。彼女と私だけだっただろう。  ヒロインらしくぱっちり大きい瞳を更に大きく見開いてから、マリンちゃんが俯く。地面に食い込んだ彼女の指が、砂利を強く握り締めた。 「……そう」  ザワッと、辺りの空気が嫌なざわめきを見せた。 「あんただったの……!」  最後の足掻きとばかりに身体から膨大な魔力が溢れ出させるヒロインの、憎悪の眼差しが私を捉えた。 「毎回毎回邪魔しやがって……何が返せよ。あんなのいじめられるあんたとゴミみたいな命で生まれてきたあの猫が悪いんでしょ!生きてる価値も無い悪役の癖に生意気なのよ!!!」  ヒロインである彼女の魔力は火と水。その膨大な潜在能力が感情任せに爆発したら、周りも普通、ただでは済まない。 「そのまま死んじゃえ!あははははははっ!!」  狂気が滲む笑い声と同時に一直線に放たれた、うねる業火と水流。 「「「フローラ!!」」」 「フローラお姉様!!」 「姫様っ、お逃げ下さい!」  後ろから聞こえた皆の声に、一瞬だけ振り向いて微笑んだ。 「大丈夫だよ」  にこっと大切な皆に微笑んでから、真っ直ぐ飛んでくるその魔法の前に立ち両手を広げる。パァッと広がった金色の粒子が星を象る魔方陣になり、殺意のこもったその一撃を受け止め、霧散させた。女王様から頂いた“祝福”の、結界の力だ。  マリンちゃんはもちろん、後ろから見ていた皆まで信じられないと目を見開いている。 「何よ……、何でヒロインである私の力が悪役のあんたに利かないのよ!!」 「……聖霊の魔法の力は、誰かを愛する心の力。誰の事も愛さず自分の為にしか使わない貴女に、使える筈が無いわ」  マリンちゃんの最大の一撃を無効化し、自分の指に光る聖霊女王(タイターニア)の指輪を握り締める。 「例え貴女が何者であっても、誰かを傷つけていい資格なんてある筈がない。私は貴女には殺されないし、この指輪は渡さない。何よりもう、私の大切な人達を、二度と貴女に奪わせはしないわ!覚えておいて!!」  喉が痛むのも構わず言いきった、前世からずっと言いたかったこれが全てだ。 「……くそっ、何で、何で……っ、何で利かないのよぉぉぉぉっ!!」 「ーっ!」  怒りを振り絞って上半身だけ無理に起こし、マリンちゃんが拳を振り上げた。全体重を乗せ一直線に振り下ろされるその拳が、私の顔に当たる寸前でパシッと受け止められる。 「ライト!何してるの、危ないよ!」 「……あのな、危険な時は必ず護るっつったろ。ったく、肝心な所で詰めが甘いんだよお前は」  ふっと笑って私を抱き寄せたライトが、そのまま反対の手でマリンちゃんの腕を捻り上げ地面に叩きつける。その喉元に、フェニックスの紋章入りの短剣が突きつけられた。 「諦めろ、哀れな自称聖女さんよ。お前はフローラに負けたんだ」  驚く位低い声で響いたライトのひと言に、 マリンちゃんの身体は今度こそ力なく地面にひれ伏した。      ~Ep.101 ヒロイン敗北~     『前世からの因縁は、自らの手で絶ち切って。さぁ、新しい未来へ』
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