Ep.103 取り戻した平和

1/1
前へ
/173ページ
次へ

Ep.103 取り戻した平和

「ひめさま、おねぼうさん?」 「ちがうよ、つかれてるんだよー」 「そうだよ、おこしちゃメっだよー」 「そーだそーだー!」  ……頭のすぐ側で、幼い可愛らしい声がする。この起こされ方にも大分慣れて来たなぁと目を開くと、見慣れた自室の中を妖精達がわいわい飛び交って居るのが見えた。  どうやら私が寝ていたのは、学院の寮の自分の部屋だったようだ。 「(あぁ、今まで見えてなかっただけで、人間界にもたくさん聖霊は居たんだなぁ)……って、えっ!?私どうやって帰ってきたの!!?」 「フライ様が『今回の事件の一番の責は悪事を防ぎ切れなかったスプリング王家にあるから』と姫様をここまで御運びになられたんですよ。あとできちんとお礼をして下さいませ」  『学院まではフローレンス教会の司祭様が転移魔方陣を使わせて下さいました』と説明しながらハイネが入ってくると、妖精達はわぁっと窓から一斉に逃げていった。でも、それを何も指摘しないって事は、ハイネにはあの子達は見えていないんだろう。  寝覚めの紅茶をチビチビ飲みながら、ハイネから私が倒れたその後の話を聞いた。  まず、この度のフローレンス教会本部全焼火災事件。この火事は、私が聖霊女王(タイターニア)の指輪と契約した副産物……つまり、私の魔力を媒体にした雨により鎮火。更にその雨に聖霊の癒しの力が付与されていた為、怪我人はもちろん建物や自然まで再生され、実害は結局0となったそう。これは本当に良かった。癒しの魔力については、今後訓練して使いこなせるようにならないといけないね。  次にライトが修繕に行ったアニバーサルゲート。これは本当にただライトを誘き寄せる為だけの物だったそうで修繕は直ぐに済み、足止めされていた商人達も大きな損害はなく仕事に戻れたそう。それでも駄目になってしまった荷の分の損害はその場でライトが確認し、後日国から補助金を払う形にしたそうだ。元庶民の出だけあって、ライトはその辺りのサポートが抜かり無い。  ちなみに、私が空から落下した時ライトがタイミング良く現れたのは、本部に戻るために馬を走らせてたら御守りに貸していた深紅の石が急に輝いて私の落下地点の真下に瞬間移動したからだそうな。これは多分、聖霊王(オーヴェロン)様のイタズラだと私は思っている。石は返して貰って、聖霊女王(タイターニア)の指輪にきちんとはめた。  そして、一番肝心なマリンちゃんの処罰について。  彼女はその罪の重さと、何より、自身のしたことの重大さを受け止められないその精神の幼さが危険であると判断された。クォーツが手配した通りら彼女自身と彼女に入れあげていた生徒会長を筆頭とした男子生徒十数名は退学処分。その後、特に罪状の多いマリンちゃんとケヴィン生徒会長は、四大国はもちろん自治権のある教会の人間まで裁く事が出来る最強の司法組織、魔法省に逮捕。マリンちゃんは脱獄を防ぐ為、魔法省の管轄にある塔に収容され、魔力充填装置に生涯魔力を奪われ続ける事が決まったらしい。塔は離島にある為まだ連行されておらず、今はフェニックスの王宮の地下牢に捉えられているそうだ。  他にも、ミリアちゃんの病気の原因が実は彼女のご実家とキール君の両親が“魔族”の力の名残である黒魔術にミリアちゃんを生け贄に手を出していたせいだったらしく、私が魔力で出したお水で回復していたのは指輪と契約する前から私に癒しの魔法の資質があったんじゃないかって事と。彼女達の実家は断罪され爵位を失うとの事から、学院は自主退学になってしまうかもしれないと言う。 「そんなっ……」 「手厳しいようですが、他国の事です。こればかりはスプリング王家の采配にお任せする他ございません。フローラ皇女殿下、お分かりですね?」 「……ええ、わかったわ」  御丁寧に皇女殿下と呼んでまで呈された苦言に頷くしかない。きっとフライなら、彼等をただ市街に放り出すなんてしないはずだ。二人の今後に関しては友の判断を信じよう。  それと、以前事故で水をぶっかけちゃったときに傷が治った経験から、ライトとフライは実は私に聖霊の巫女の資質があるのでは無いかと予想していたことも聞かされた。当人である私は全然気づいてなかったのに、これは彼等が鋭いのか単に私が鈍いのか…………。 (でも何にせよ、これで世界は乙女ゲームのシナリオからは盛大に外れた……よね?)  ヒロインであるマリンは、ゲーム開始である高等科が始まる前に学院を退学になった。  経緯に多少の心苦しさはあるけれど、同時に破滅の未来が限りなく遠ざかった事実と、もう学院内での嫌殻せもなくなるだろうと言う予想に本当に久しぶりに安心した心地でベッドに倒れる。少し微睡みかけた直後、バーンと音を立てて部屋の扉が開いた。びっくりする間もなく、慌てて起き上がった身体にドーンと誰かが飛び付いてくる。 「フローラお姉様ーっ!お加減いかがですか!?」 「ちょっ、ルビー駄目だよ!フローラは病み上がりなんだから……!」 「そうよ。立派な姫君としては良くない振る舞いだわ。フローラ、大丈夫?貴女二日眠って居たのよ」 「えっ、嘘!そんな経ってたの!?」  バッとお客様用にお茶の用意を始めていたハイネを見れば、『申し上げておりませんでしたか?』と首をか傾げられた。聞いておりませんが!?  とりあえず、私に抱きついておいおい泣いているルビーの背を擦る。心配してくれたんだろうから。 (ふふ、帰ってきたんだなぁ……) 「何にやけてんだよ、皆心配したんだぞ」 「ライト!」 「そうだよ。僕らが後始末に追われてた間呑気に寝ちゃってさ」 「フラ……いひゃいいひゃい!」  続けて部屋に入ってきたライトに頭をわしゃわしゃされ、フライにはほっぺたをつままれる。そんな間抜けな姿を見て、クォーツが小さく吹き出した。 「ははっ、素直じゃないなぁ二人とも。フローラが倒れた時真っ先に気づいて抱き止めたり、目が覚めるまで徹底的にフローラに意地悪してた奴等洗い出しつつ毎朝毎晩心配で様子見に来てた癖に……」 「「クォーツ!!!」」 「ー???」  ライトに耳を塞がれたので聞こえなかったけど、とにかく皆に心配をかけたことはわかった。反省だ。 「それでライト、あの、マリンちゃ……さんは、どうしてる?」 「あぁ、捕縛されてすぐは錯乱状態だったが、今は暴れすぎと手枷に抗って魔力を使い続けた副作用で虚ろな状態になっている。それでもまだ『運命は自分の味方』だの何だの言える執念にはいっそ狂気を感じたな」  一応、監禁先でカウンセリング的なものを受けさせるそうだ。彼女が少しでも他者の幸せを奪っても自分には不幸を呼ぶだけだってことや、命はかけがえのない尊いものだと気づいてくれたらいいな。もう、今さらかも知れないけれど。 「そんな顔するな。お前はよくやったよ」 「……っ!ライト……」  沈みかけた気持ちを、頭を撫でてくれる温かい手が救いあげてくれる。そっと見上げると、穏やかな紅い双眸と視線が重なった。 「……ちょっと、妙な雰囲気出さないでくれる?僕だってフローラに報告があって来たんだから」  不服げに顔をしかめたフライがライトの手を私の頭から叩き落とし、シッシッとライトを追い払う仕草を見せる。『酷くね!?』と騒ぐ親友は無視してフライがこっちを向いた。 「報告って?」 「……キールとミリアの事だよ。気にかかってたでしょ?」 「……っ!」  その言葉にドキリとした。一気に神妙な空気になった中、フライだけがクスリと小さく笑う。 「そんな顔をしなくても、彼等も今回は頑張ってくれたからね。見捨てはしないさ。入って」  パチンとおもむろにフライが指を鳴らし、ハイネが扉を開け放す。そこから入ってきたのは、スプリング王家の従者の制服に身を包んだキール君と、うちのメイド服をまとったミリアちゃんだった。 「キールは将来性が高いからね。僕の補佐官候補兼執事見習いとして、学費等は国で支える事にした。ミリア嬢も本来は、うちの侍女見習いなんだけれど……」  フライがそこで言葉を切ると、ベッドの脇まで来たミリアちゃんが深々と頭を下げた。 「数々の非礼にも関わらず、決して私達を見捨てず手を差し伸べ、病魔からも救って頂いた御恩、返さぬわけには参りません。フローラ様、学院に通う間だけでも、どうか貴女様にお仕えする名誉をいただけませんでしょうか?」 「えっ、え!?」  そのまま最上礼の儀を行うミリアちゃんに焦って回りを見るけど、ハイネはしれっとした顔で頷いていた。決定事項だったらしい。ならば、と私もベッドから立ち上がり、ミリアちゃんが差し出した手に自分の手を重ねる。 「ミリア。貴女の忠義しかと受け取りました。以後学院卒業までの5年間、侍女としてわたくしに尽くしなさい」 「ありがたき幸せに存じます」  作法の授業で習った通りに返したけど、これで良かったんだよね?  ミリアちゃん……侍女になるんだからちゃん付けは不味いか。ミリアとキールは、学院との手続きがあるからと退室していった。 「でさぁ、ミリアの着てたあれってフライが着たメイド服?」 「そんっっっな訳ないでしょ!?って言うかなんであの場に居なかったクォーツがその事知ってる訳!?」 「えー、だって面白そうだったからハイネさん達に色々聞いちゃった。フライの侍女に変装して潜入した話とか、ライトがまたフローラに求婚してフラれた話とか」 「だからフラれてないっての!!」  ライトも飛び火を喰らって参戦し、信号機トリオの口喧嘩が久々に始まった。一瞬レインとルビーと顔を見合わせてから、皆で吹き出す。 「ふふっ、男の子達は元気ね」 「本当ね、あの体力分けていただきたいわ」 「元気なのは良いことですわ。すぐ収まりますから放って置きましょう。それより、わたくしもフライお兄様の女装の件、詳しく伺いたいですわ!」 「あっ、じゃあお茶菓子用意するね!」 「ちょっと、フローラも余計なこと言わないでよ!?」  クールなフライのいつになく動揺した姿に皆からドッと笑い声が上がる。乱暴に髪をかきあげたフライの耳元にこっそり、囁いた。 「からかってごめんね。でも、あの時フライが助けてくれた姿、格好なんか関係なくすごく頼もしかったからね。ありがとう」 「……っ!」 「お姉様、早く!」 「はいはい、今行くわ!」  麗らかな日差しが入る自分の部屋、仲良しの友達と、お気に入りのお茶に美味しいお菓子。散々色々あったけど、結局私が望むのはこう言う細やかな日常だ。どんなに大きな力を得ようが、護りたいものは変わらない。 (どうかこの先も皆と、ずっと仲良く過ごせますように!)     ~Ep.103 取り戻した平和~ 「好きな女の為じゃなきゃ、男の矜持捨てて女装してまで助けに行かないっての。気づけよ……!」  フローラに囁かれた耳が赤くなっていることに気づかれないよう片手で押さえながら芽生えた小さな恋の芽に、気がつく者はまだ居ない。
/173ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1221人が本棚に入れています
本棚に追加