闇はいつでもすぐ側に

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 闇はいつでもすぐ側に

「出ろ、マリン・クロスフィード。出航の時間だ」  重たい鎖に幾重にも巻かれ、カビ臭い牢獄に放り込まれてどれくらい経っただろうか。連行される為に久方ぶりに見た空は、どんよりとした暗雲に覆われていた。   「ちっ……!どうしてヒロインである私がこんなボロ船で離島に追いやられなきゃなんないのよ。それもこれも皆、あの横取り女のせいだわ……!!」  前世で自分のお仕置きに抗って猫を奪い返そうとしただけじゃなく、メインヒーローとの出会いも、他の攻略対象の心も、聖霊の巫女の座も、何もかも奪い取って行った、あの女……! 「前世からずっといい子ぶりやがって気に入らなかったのよあの悪役王女・フローラ……!いえ、日下部花音……!ヒロインである私に逆らったこと後悔させてやる……!!殺す、殺す……絶対生かしておかないからぁぁぁぁっ!!!」  少し荒れている海のど真ん中、船の甲板に備え付けた鉄格子の中叫んだ時、漆黒の雷が轟いて船を貫いた。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「おいっ、何が起きた!」 「らっ、落雷です!船のメインの骨組みがやられました!応急措置を……っ」 「駄目だ間に合わないっ、沈没するぞーっ!」  衝撃で破壊された船から投げ出されたマリンの身体が、手枷の重みで黒く濁った海に沈んでいく。  苦しさに耐えかねて吐き出したなけなしの空気が気泡になって遠くの水面に上がっていくのが見えた。 (くそっ……!こんな所で死んでたまるもんですか!私はヒロインになって……必ず素敵な王子様に愛されて幸せになるの!!) 『そうです。貴女様こそ三人の王子に愛されし、運命に選ばれた高貴なる乙女』 (誰っ!?) 『私は“真の聖霊の王”より派遣された貴女の下僕にございます。さぁ、このしがない黒猫に名をお授け下さい。さすれば貴女様の手足となり、必ず幸せな未来にお導き致しましょう』  溺れて虚ろな意識が見せる幻覚だろうか。暗い海水に馴染むような艶やかな黒毛で紳士服を纏った猫が、足を組むようなポーズで自分を見ていた。 (でも、このままこんな海のど真ん中で死ぬくらいなら……!) 『さぁ、どうぞご主人様』  パチンと黒猫が前足を鳴らせば、マリンの周りにシャボンのような空気の膜が張られ息が出来るようになった。成る程、使い魔の類いか。これは使えそうだ。 「いいわ。私を助けなさい、ノアール」  名を与えた瞬間黒猫から溢れた魔力ごマリンに流れ込み、澄んだ海色だった瞳に黒い十字架が刻まれる。身体の奥から、今までにない魔力が溢れてくるのを感じた。  水面に向かい両手を掲げれば、大きなうねりとなった海水が道となりマリンとノアールを海面まで導いた。 「ふぅん、悪くないわねこの力。さて、これからどうしようかしら」 「仮住まいは既にご用意しております。今は貴女様に楯突くフローラ皇女の魔の手がどれ程まで及んでいるかわかりません。まずは反逆の地盤を整えましょう」 「そんな悠長なこと言ってらんないわよ!聖霊女王(タイターニア)の指輪だって本当なら私のものだったのよ!!」 「もちろん、そのお怒りはごもっともでございますが。聖霊の巫女にはならなくて正解ですよ、ご主人様」 「はぁ?意味わかんない」  眉を潜めたマリンに猫らしからぬ仕草でふふっと笑ったノアールが、持っていた杖で空中に円を書く。その丸の中に、セピア色の古い教会と、木の十字架に貼り付けにされた金髪の女が写し出される。  なにこれ、アナログテレビみたい。とマリンが呟くのと同時に、十字架の女にボロボロの村人が集い、松明で一斉に火をつけた。 「……っ!?」  油でも十字架に仕込まれていたのか、一気に燃え上がる女。誰かに向かい『愛しているわ』と呟いたその女は、十字架と共に灰となり。次いで降りだした豪雨に流され、無様に消えていった。 「これが初代の聖霊の巫女、フローリア様の非業の最期です。いつの世も、救済の聖女の死などこんなものですよ」  突然見せられた残虐な場面に、マリンがうつ向き肩を震わせる。そして、次の瞬間。 「あっははははははは!なにこれ最っっっ高!」  天を仰いで笑い出した。しばらく笑ってから、笑いすぎで滲んだ涙を拭ってマリンがノアールを抱き抱える。 「いいわ、あんた使えそうだし、しばらくあんたの話に乗ってあげる。住まいに案内しなさい」 「畏まりました、ご主人様」 「その呼び方可愛くないわね、なんか別のにしてくれる?」  こてん、と首を傾ぐその仕草は可愛らしいのに、その魂は真っ黒だ。だが、それでいい。 「これは失礼いたしました。では参りましょう、姫様」  満更でもなさそうにマリンが笑う。  実に扱いやすい“駒”を手に入れたと、黒猫もにっこり微笑むのだった。    ~Prolog 闇はいつでもすぐ側に~  
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