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Ep.106 妖精軍団大暴走!?
やっぱり最近、なんだか視線を感じる気がする。
それを休日の水やり当番に心配だからと着いてきてくれたブランに相談したら、ふうっと猫らしからぬため息をつかれた。
「そりゃ、行く先行く先こんな大量の妖精達に引っ付かれてたら視線のひとつやふたつは感じて当然なんじゃないの?」
全身妖精にはりつかれカラフルになった私を見たブランがもう一度鼻を鳴らす。それはそうなんだけれども!
「そう言うのじゃなくて、なーんかこう、隠し撮りされてる気がするのよね。シャッター音みたいなのもするし!」
「でもカメラってこっちの世界じゃ珍しいんでしょ?気のせいなんじゃないの?それより早く終わらせて遊ぼうよ」
「もう……全然真面目に聞いてくれないんだから。はいはい、わかったわよ」
ライトにこの間貰った猫じゃらしを咥えてブランがひとり遊びを始めると、その動きにつられて私の身体に張り付いていた妖精達はそっちに飛んでいった。
使い魔は実は妖精と同じ聖霊の一族だそうで、お互い様姿がちゃんと見えるらしい。
ポカポカ暖かい日差しが射す花壇でじゃれている白猫と妖精。その光景に癒されて思わず頬が緩んだ。
「ふふ、可愛い」
「一体なにが可愛いんだい?」
「ーっ!」
不意に背後からかけられた声に振り返って、やっぱりブランだけじゃなくハイネにもついてきて貰えば良かったと後悔した。
「チャールズ先輩……!こんな早朝から何のご用ですの?」
然り気無く距離を取りながら、どうやって逃げようかと頭を回転させる。私の拒否を微塵も感じ取らないチャールズ先輩は、美しく波打つ自慢の黄緑髪をふわっと片手でなびかせてから歩み寄ってきた。
「もちろん、君に会いに来たに決まっているじゃないか。ここ数日はあの小賢しい皇子達に阻まれて君との愛を育めなかったからね」
「育んだ覚えなど断じて一度もございませんが……私が今日ここに来ると何故ご存じでしたの?」
「僕の麗しのレディ達に調べて貰ったのさ、彼女達は僕の役に立つことが至福だからね。これもひとつの慈善事業だよ!」
(そんな慈善事業ありません!自分に好意がある女の子を利用して都合よく使ってるだけじゃないの)
聞けば聞くほど自分のことにしか関心がないナルシスト男だ。マリンちゃんに入れあげて破滅したケヴィン前生徒会長といい勝負かも。そういえばよく張り合ってたらしいし。
「そうですか。それは私の身の回りの情報管理をもう一度見直さねばなりませんわね。では、仕事は済みましたし失礼いたします」
ささっと手早く荷物をまとめてブランを抱っこして走り出す。幸いここからなら寮まで近い。さっさと女子寮に逃げ込んじゃえ……!
「……っ!?きゃぁぁぁっ!?」
「うわっ、何この風……っ!」
と、思ったら、突然の突風に足止めされてしまった。反射的に砂が入った目を押さえた右手をパシッと捕まれる。
「おっと、今日こそは逃がさないよ……!」
振り切ったはずのチャールズ先輩が目の前で私の手首を掴んでいた。風の魔法で早く移動して先回りしたらしい。何て厄介な……!
「フローラに触るな変態!」
「うるさいっ、何だこの貧相な猫は!」
「ぎゃっ!」
「ブラン!!」
チャールズ先輩の腕に噛みついたブランが振り払われて地面に叩きつけられる。私はキッと先輩を睨み付けた。
「ブランに何するんですか、離して下さい!これ以上しつこくされるなら大声をあげますよ!」
「ははっ、こんな休日の早朝に誰が僕たちの邪魔をすると言うんだい?本当に、君は僕の気を引くのが上手だね」
つつっとチャールズ先輩の指先が頬に触れると、何とも言えない悪寒が背筋を走り抜ける。もうやだこの人……っ!
「いっ、いい加減に……っ」
「ん?なんだい?……痛っ!!」
「えっ!?」
思い切り怒鳴ろうとしたら、その前に急に拘束が外れた。きょとんとする私の前でチャールズ先輩が自分の頬を押さえている。何かが当たったらしい。
「誰だ!?美しい僕の顔に石なんて投げた奴は!!」
誰の姿も気配もない辺りを見回して怒鳴るチャールズ先輩。その右手には確かに投げつけられただろう小石が握られていた。
(よ、よくわかんないけど今がチャンス!)
「ーっ!待てと言っているだろう!」
「きゃあっ!」
この隙に逃げようと走り出したけど、また一瞬で捕まって今度は木の幹に押さえ付けられてしまった。あぁもう、本当にしつこい……!水撒き失敗した振りして自慢のお顔に思いっっ切り水ぶっかけてやろうかしら。
「何だその反抗的な目は、気に入らない……!」
「お気に召さないのならば私のことは止めたらいかがです?ファンの女の子ならば他にいくらでもいらっしゃるでしょう」
「いいや!この僕の妻が凡庸な貴族令嬢だなんてあり得ない!」
「……っ、あっ!」
「たいへん、たいへーん」
「たいへんだー!ひめさまがピンチだー」
「みんな、あつまれーっ!」
気持ちが荒ぶっているのか、手首を押さえる力が強くなる。痛みに顔を歪めると、一度突風で時計台の方へ吹き飛ばされた妖精達が心配げに集まってくるのが見えた。
私の視線が自慢の顔から逸れた事に気づいたチャールズ先輩がギリッと歯を鳴らす。
「またそうやって余所見をして……!良いだろう、それなら僕にも考えがある!」
強引に腰を抱き寄せられ、チャールズ先輩の顔が間近に迫る。嫌な予感と、あからさまに怒りをまとって目が光りだした妖精達の様子にゾッとした。
「口づけのひとつでもすれば、君も僕の虜になるさ……!」
「いっ、嫌……っ!」
必死にごちゃごちゃ装飾がついたチャールズ先輩の胸元を押して身を捩って抵抗するけどびくともしない。
つき出された唇が間近に迫ってくる気持ち悪さに目が潤んだその時、辺りの木々が大きな魔力のうねりにざわめき出すのを感じた。
異様な出来事に、唇を奪われる直前でチャールズ先輩がピタリと止まる。
「なっ、何だ!?これは……!」
「ひめさまいじめてる……!」
「ひめさま、なかしてる……!」
ざわつく木々の辺りから目を怪しく光らせた妖精達がチャールズ先輩を狙うけど、当然彼らが見えない先輩はその事に気づかない。私がハッとなった時には、もう遅かった。
「みっ、皆!私は大丈夫だから待っ……!」
「「「ひめさまをいじめちゃだめーーーっ!!!」」」
集まっていた何十人の妖精達の魔力が集まって、巨大なビームみたく放たれる。
カラフルなその光線はチャールズ先輩の自慢の髪を焼ききりハゲにした後、例の時計台の天辺を貫いた。
プスプスとチャールズ先輩のつるつる頭から上がる煙の先で、軸を失った時計台が灰となって崩れ落ちていく。
「ど、ど、ど……どうしよぉぉぉぉぉっ!!」
『やってやった!』と元気に飛び交う妖精達の真ん中にしゃがみこんだ私の叫びに、ブランが『どうしようもないでしょ……』と力なく答えた。
~Ep.106 妖精軍団大暴走!?~
『小さいから攻撃してもそんな大惨事にはならないって甘い考えしてた一昨日の自分を叱りたい……!』
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