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Ep.94 聖霊の怒り
「ご協力感謝致します、フライ殿下、フローラ皇女殿下」
フローレンス教会本部から駆けつけた司祭様が、フライにやっつけられたローブの男達を魔力の籠った縄でグルグル巻きにしてから頭を下げた。
これで、アクアマリン教会側の刺客は全員捕まえた。フライ付きの執事さんから、ミリアちゃんとキール君の無事も伝えられる。これでひと安心だと、皆が思っているだろう。ゲームのシナリオを知っている、私以外は。
(これで大丈夫の筈なのに、何だろう、この胸騒ぎ……)
『二つの塔を護る結界を張るには、両方の塔に刻まれた魔方陣が必要だ。つまり発動しなかったのは、どちらか一方の魔方陣が意図的に消されたから』
『何が救いよ、何が癒しよ。こんな私への救いが何もない塔なんて、燃えちゃえば良いんだ!』
フッと甦る2つの声と、いつか見たどちらかの塔が焼け落ちる白昼夢。ハッと月詠の塔に振り向いた瞬間、天高くそびえる漆黒の塔から火の手が上がった。
「ーっ!?一体何事だ!」
「今連絡がありました、月詠の塔の最上階……、指輪を封じた儀式の間で大規模な爆発が起きたそうです!」
「教会本部にある指輪の偽物にも異常が……!どうなっているんだ!あちらの塔には刺客も来ず、巫女候補が無事試練に向かったと言うのに!」
予想だにしない事故に慌てふためくフローレンス教会の人達。フライがすぐ呼び寄せた衛兵達に消火活動を命じるけど、多分、無駄だ。
月詠の塔に大蛇のようにうねりながら絡み付くその業火には、どす黒い魔力がたっぷり含まれているから。
「ひっ……!怒りじゃ、これは、聖霊王様のお怒りじゃあ……!!」
そう声を上げたのは、アクアマリン教会の刺客だったお爺さんだ。絶望を隠さない声音に、下っぱだった他の刺客達も身を寄せあって泣き出す。
彼等は気づいているのだ。あの炎が、“聖霊の巫女の指輪”の、拒絶反応による物だって。
(私の馬鹿……っ、どうして気づかなかったの!ライトに匹敵する炎の魔力を潜在的に秘めた人が、もう一人この場に居たことに!)
そう、この乙女ゲームの主人公、“マリン”。今まさに月詠の塔にいる彼女もまた、炎の国の出身だ……!
ここから見てもわかるように、月詠の塔は火の海だ。もうあちらからは上れない。それなら……!
「ーっ!フローラ、どこ行く気!?」
「決まってるわ、この火事を止めるの!」
「何言ってるの、危ないでしょ!?ーっ!!」
火傷した足に応急処置をして、十六夜の塔に飛び込む私。それを追いかけようとして弾き飛ばされたフライが、驚いた顔で塔に手を伸ばす。目に見えないけど、私以外の人間が塔に入るのを拒む、薄い膜。結界だ。
「十六夜の塔からなら、まだ指輪のある祭壇の間に入れるかも知れない」
そして、今この塔に入れるのは私だけ。そして、主人公を止めることが出来るのは、悪役令嬢である、私だけだから。
「火事は必ず私が止めるわ。だからフライは、街の人達を守って!」
「……っ!でも!」
「皆、儀式を受けるって決めた私を信じてくれたんでしょう?」
雲が風に流され、月明かりが柔らかく私の微笑みを照らす。
髪を片手でかき上げたフライが、バッと顔を上げて笑みを作った。
「……必ず無事に帰ってきて。さもないと、絶交だから」
いつも大人びたフライの、年相応な拗ね方に思わず笑ってしまう。せっかく仲良くなれたのに、それは嫌だな。
「うん!約束!」
結界越しに笑いあって、白く輝く階段を駆け上がる。目指すは塔の最上階。祭壇の間へ転移出来る、空間転移魔方陣だ。
(ライトに渡してしまったから、あの時転移に使った3つの石の内のひとつは今はない。けど……!)
「もう、ゲームのシナリオなんかで誰も傷ついて欲しくないの!お願い、聖霊の巫女様!」
『指輪の元へ、連れて行って!』
私の祈りに答えるように、あの時と同じように魔方陣が輝き出す。
『その願い、しかと聞き届けた』
「えっ……!?」
その瞬間頭に直接響いた優しい声。ただ、男の人の声だった。その疑問に首を傾ぐ間も無く、フワッと身体が浮かび上がる。
次に着地した時には、辺りの景色は一変していた。
円形の部屋の中心にそびえる水晶の柱、床に描かれた繊細な魔方陣。かつて世界を愛し、世界に愛された女性の形見を奉る為に造られた、純白の部屋が今は、禍々しい暗黒に、侵されている。
下半分が黒紫に染まった水晶の中心で、指輪が悲鳴を上げているような気がする。
その正面に立っていた、一人の少女が振り向いた。
「来たわね、悪役皇女様。祭壇の間には私が先に着いたわ、この指輪も、三人の皇子も、皆もう私の物よ!」
勝ち誇ったように笑うマリンちゃんの手が、指輪を護る水晶を叩く。その瞬間、水晶は闇に染まり切り、火の粉となって砕け散った。
~Ep.94 聖霊の怒り~
『穢れし魂に触れられた、聖なる指輪が天誅を下す』
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