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本棚に追加Ep.173 現し世の悪夢
気がつけば、ぬかるんだ砂利の中に倒れ伏して居た。起き上がろうとして、身体を上から数多の人間の手で抑え込まれている事に気付く。
地表に沿った目線の先で、大粒の雨がいくつも弾けては小石を飛ばしていた。
『ほら!我々を騙して戦いに駆り立てた悪魔の遣いの最期だ。見ろ!』
髪を掴まれ上げられた視線の先には、端材で作られた乱雑な十字架と、そこに括られた一人の女性。また、この悪夢か。
雨が降りしきる深夜の廃教会、そのすぐ前の小さな広場。
狂気に呑まれた目をした村人達の掲げる松明が傾き、彼女が業火に呑まれる様をもう何度見ただろうか。
そして、今回魔導省で得た資料のお陰で、俺にこの“記憶”を見せているのが誰なのか、もうわかっている。
(どれだけ後悔しているのか知らないが、繰り返し繰り返し同じ記憶ばかり見せやがって……!こんな事をする暇があるなら、直接顔見せに来いよ!)
苛立ちをぶつけるように右手に魔力を込めれば、破けた手袋から覗く陣が輝いて。瞬間、ピタリと周囲の動きが止まった。
村人はもちろん、十字架の女性も、揺らめく炎も、降り注ぐ雨粒さえ。微動だにしない。
正に、“時”が留まったような異様な光景の中、抑え込む手から逃れて静かに、立ち上がる。
十字架の真下に向かい縄の結び目に手をかけるが、その手は何にも触れられないまま虚しく、すり抜けた。
(やはり、“俺”の意思では干渉出来ない……か)
先に有無を言わさず巻き込んでおいて、勝手なことだ。
溢れかけたため息を飲み込み、括られた女性の顔を見上げる。今にも村人達に屠られようと言うときにも関わらず、彼女の眼差しは穏やかで。
ただ、愛しいものを案じるように、視線は先程まで、自分の居た位置に向いていた。
(成る程、……よく似てる)
松明の僅かな灯りを余す所なく取り込んで煌めく金糸の髪と、琥珀の交ざった碧色の瞳。
あまりにも生き写しなその姿に、予想はしていたとは言え見なければよかったと思った。
『……おい、もう充分だろ。顔くらい見せたらどうなんだ』
これまでの悪夢と違い、初めてこの空間で、声が出た。今回は肉体ごと呑み込まれたからだろうか。
自分の意思で動けるのは好都合だが、これは同時に早く脱出しないと永久の眠りにつきかねないことを意味する。
それに、戦いのさなかに置いてきてしまったフライとクォーツの身も心配だ。時間を無駄には出来ない。
だからさぁ、出てこい。
静止した時の中を一瞬、熱風が吹き抜け、反射で閉じた目を開ければ、そこには一人の若者が立っていた。
年の頃は、今の自分より4、5歳上だろうか。体躯と服装から騎士だろうとわかるが、その輪郭は黒くぼやけ、顔立ちがわからない。
しかし、何故だが確信出来るのだ。この男は、自分と瓜二つだと言うことが。
「君は、これを許せるかい?……僕は、許せなかった」
ぼやけた姿に似合わない、ハッキリとした声だった。
先程まで止まっていた時が急に動き出し、瞬きの間には日付が変わっていた。
既に灰となった十字架の燃え滓が残る広場で伏したままの若者に、魔族の始祖が復讐を囁く。
しかし、若者はそれを跳ね除け、魔族の始祖に剣を突き立てた。操られ、散々救われてきた恩も忘れて自分を焼いた人間達さえ救った、初代の巫女の思いに応える為に。
それから、駆けつけるも間に合わなかった後の二人と合流し、三人は燃え尽きた彼女の灰の中から聖霊女王の指輪を回収し、わずかに残った灰達は、亡骸の代わりに丁重に葬った。
封印の余波と、聖霊王の援護を使い、人民にかけられた“巫女を憎め”と言う呪いを解きながら、荒れに荒れた大地を癒やし、人々を土地との適正に合わせて四区分に移住させた頃にはもう、季節がふた周りも過ぎていた。
魔族の始祖が眠りし地は、魔術で地形を変え大陸の中心に離島として隔離。幾重の結界を施し、封印の間が定期的に転移するようにした。僅かに取り逃がした魔族達に、始祖の居場所を掴まれぬように。
そして、封印をより強固にすべく、4つの神具は要として四分割された大陸の各地に眠った。かつて聖霊王の御使いに選ばれた、英雄達の相棒を護りにつけて。
神具から滲み出る魔力は大地を伝い、各地に生きる民達に神具と同属性の魔力を与えるようになった。こうして、四大国の基盤が出来上がったが。
新たに誕生する国を治めるには、彼らの心はあまりに、壊れすぎていたようだ。
『封印の要として、自分達の心も一緒に眠らせてほしい』
虚ろな目をした騎士の懇願を、聖霊王は拒めなかった。そのまま彼らを各国の王位につけたとて、王が民を愛せぬ国に未来は無かったろう。
聖霊王の力で、限界まで傷ついた彼ら
魂は2つにわけられた。悲しみの記憶と心のみを引き継いだ、封印と共に眠る側と。遠い未来に希望を繋ぐ、聖霊王の力の資質のみを託され一度まっさらに戻された”種“。
戦いに辟易した御使い達は眠りにつき、”種“達は見守り役の四姉妹の手により未来へと導かれた。
空となった肉体は聖霊が寿命尽きるまで管理し、傀儡の王ながらそれぞれの国は平穏に栄え、安定するに至った。
とても『めでたし』とは言えぬ終幕で、かつての戦いは幕を下ろしていたのだ。
『……あんたが許せなかったのは民でも、仲間でも、彼女でも無く、……自分だろ』
自分がこれまで見せられてきたのは、彼女が最期に言い残した『愛しています』の言葉まで。
その後に起きたことは、知らなかった。
つい口をついて出た手痛い指摘に、靄の先で若者が笑った気がした。
〜Ep.173 現し世の悪夢〜
『この悪夢はまだ、終わらない』

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